特別講演 「モンスターペイシェント対策~その背景と予防~」

 

  

モンスターペイシェント~その生成の背景と対処法 講演要旨

講師:大阪府保険医協会事務局次長  

 

1.悪い対応の見本-DVD上映(NHK「おはよう日本」08.3.18放送) 

 
 広島県のある病院で起きたトラブル事例で、患者は前科のある中年男性。人工透析を受けるため、自宅から徒歩5分にあるこの病院に通院していた。当初より診療時間の延長を求めたり、対応が遅いなどと不満を繰り返していた。

 

 しかし、病院の体制変更により、従来対応していた責任者(看護師)の業務が多忙となり、患者の要求に応じきれなくなった。それ以降、患者の要求がエスカレート。透析患者のための休憩室新設などの無理難題を要求し、病院側も数百万円を出資して応じていた。

 

 その後、院内で対策会議を開き、患者の発言を録音することを決定。1ヵ月後、警察に相談したが、事態の詳細は伝えなかった。

 

 さらに、先述の責任者を含む3名が精神的ストレスにより1ヵ月休職する事態に。ここで病院は警察に洗いざらい話し、捜査が開始。その後、この患者は強要・脅迫の容疑で逮捕された。

 

 ここで紹介した病院の対応には色々な教訓が含まれている。皆様には、トラブルに遭遇した場合は自分の力を過信せず、必ず誰かに相談の上対応いただきたい。

 

2.「病医院トラブル」の定義

 

 医療機関で起きるトラブルは世間一般のクレーム・トラブルとは異なる。それは、患者とのトラブルのように、患者の身体に対する医療行為を介在させることで起こるためだ。

 

 そこで、「病医院トラブル」を考えるにあたり、便宜的に4種類(①患者、②従業員、③悪徳業者(反社会的勢力含む)、④その他)に分けることとする。この うち本講演では、当協会(大阪府保険医協会)に寄せられる相談件数の9割を占める「患者とのトラブル」について解説したい。

 

3.患者とのトラブルに関する最近の傾向-モンスター化する患者

 

 トラブル相談が急増する背景には、法曹人口(特に弁護士)の急増・インターネットやテレビの悪影響など、日本の「訴訟社会化」の流れがあると思われる。訴訟に至らなくても、医療機関に限らず世相でもクレーム件数は増加の一途を辿る。

 医療機関が抱えるトラブルのうち、特に関係者を悩ませているのが、一部の「モンスターペイシェント」と呼ばれる患者の存在。これまでに「"弱い存 在"である患者への差別ではないか」「医者と患者は互いに敬意を持って接するべき。こうした呼称は使うべきではない」との意見も戴いた。しかし、そのよう な甘い認識ではトラブルに巻き込まれた方達を真に救うことはできないと考える。こうした一部の患者の攻撃により大量の離職者・退職者を出し、また一部の未 収金問題に絡むケースも多い。

 そこで、医療現場で起きている現実を直視し、なぜ「モンスターペイシェント」と呼ばれる患者群が増えたのか、その背景を考える必要がある。そして、 毎日のように長時間・過重労働を強いられる医療従事者の負担を少しでも和らげるためにも、①医療改善に向けた長期的対策、②目の前で求められる問題の解決 -が必要である。

 国の医療費抑制策がこのまま進めば、いずれ日本の医療は崩壊する。また、こうした患者群を放置すれば、医療崩壊のスピードは一層増すはずだ。

 

4.患者とのトラブルが増えている"背景"

 

 医療機関で起こるトラブルが増加の一途を辿っているのは、決して偶然ではない。その背景は、次の4つの側面(①社会情勢、②医療制度や医療行政などの外部環境、③医療従事者、④患者)から分析できる。

 

 まず社会情勢の面では、1990年代以降、世界的なグローバリゼーションによる競争激化や新自由主義の蔓延により、世の中の確実性というものが消え 去っていった。一方、規制緩和と民営化の名のもと、社会を支えるセーフティネットが次々に崩され、社会に放り出されても「自己責任」として放置されるに 至った。

 

 日本でも1990年代後半から労働法制の規制緩和が進み、1999年に派遣労働を原則自由化、2004年には製造業にも拡大した。終身雇用制の解 体、非正規雇用の増大は、人々の生活の将来への確実性が著しく侵食され、社会不安が増大した。そのため、個人の安心を求める意見・衝動は更に肥大化した。

 

 次に外部環境の面。先述の社会情勢の流れとあわせ、医療制度・医療行政も大幅な見直しが進んだ。1975年の福祉元年宣言、1983年の第二次臨調第三次 答申の「活力ある福祉社会の建設」により、従来と正反対の「自助努力」「相互扶助」に重きを置く政策に転換。以降、医療費抑制策が継続し、特に小泉政権下 では、長期化する不況からの脱却には「痛みを伴う『改革』」が必要として医療制度「改革」が押し進められた。その結果、社会のセーフティネットは極限近く まで低下した。

 

 さらに医療従事者の面では、医療のサービス化が進み、患者が医療に対し費用対効果を求める流れ(CS対応)が強まった。医療従事者の接遇対策強化の 一方で多くの医療機関では問題を起こす患者と対決するという意識が希薄で、被害を受けた医療従事者自身に問題があると受け取るようになり、毅然とした態度 をとれず離職者・退職者が大量発生する事態に至った。

 

 最後に患者の面からは、不十分な医療提供体制の進行に対し、医療への対価(完全)を求める意識が強くなった患者側が不満・ストレスを感じるように なった。医療費抑制策による医療環境の荒廃、全国的な医師不足などの現状を根本的に理解できていない患者が多いことも一因といえる。

 

5.「モンスターペイシェント」とは何か

 

 モンスターペイシェントには2つのニュアンスが含まれる。即ち、①言語的暴力が中心だが、普通の無茶な要求ではなく、医療過程で発生した不可抗力的 な中身に絡み、対応をエスカレートさせ、いつのまにかこの不可抗力的な中身を病院の弱みに仕向け、執拗に医療現場を混乱させる患者および家族の一群、②言 語的ではない、あるいは言語化できない、そして行動パターンが読めず身体的脅威・暴力を強く意識させる患者および家族の一群-である。

 モンスターペイシェントと向き合うにあたり一番大事なのは、何がきっかけで始まったのか確認すること。つまり、患者とのトラブルが医事紛争に発展する問題であるか、それとも単なる誤解・曲解によるものか、正当なクレームであるか確認することである。

 ここで上記2つの分類につき、各対応を紹介する。まず①の場合、これまでの経験上極めて執拗なトラブルが多く、有名な医師を抱える大規模病院からの 相談が多いのが特徴。大規模病院のためトラブルへの対応が現場任せとなり、適切な対応がとれず問題を数年にわたり長引くこともある。診療所レベルではまず ないが、トラブルの長期化は現場に悪影響を及ぼすので注意が必要。

 次に②の場合、普通の対応が通用しないことが多く、強気な対応だけでは危険である。なお、この患者群は更にア薬物依存・アルコール依存症患者、イ精神疾患を抱え情緒不安定・不穏状態の患者、ウマル暴(元・現)関係の患者-に大きく分類できる。

 アでは、投薬の強要などに対し医療機関が言われるがままになる事例が多い。対応策は個々の事例にもよるが、例えばある薬物中毒患者の事例では、相談 者に対し①病院内の意思統一(患者のつけ入る隙を与えない)、②警察官立寄所のプレートを張り出して警察官の1日1回の巡回を要請、③弁護士への相談(法 的対抗手段の検討)、④患者へ対処する"Xデー"を決め、一気呵成に対応-以上のとおり助言。相談者は助言どおり対応し、"Xデー"以降その患者は来なく なった。

 イは上記アと重なる部分も多い。例えば行動パターンの読めないある患者の事例では、相談者(医師)は患者のストーカー的な行為(プレゼント攻勢、医 院の入るビル内への侵入、待ち伏せなど)に悩まされていた。この相談に対し、①問題行動を記録して警察に相談、②医院の入るビル管理会社に警備強化を依 頼、③患者と同居する家族に連絡し、この間の問題行動を伝えて相談する-以上のとおり助言。その後、同居の母親が対応して問題行動はおさまった。

 ウは、指を詰めて来院しても治療費を払わなかったという事例を紹介する。相談が寄せられた際、私は現場任せの事務的な対応では危険と指摘。その後、 院内の対策会議で上司および病院幹部が直接対応する意思統一が行われ、預り金制度(保険証あり:2万円、保険証なし:7万円)を導入。以降、必ず治療費を 支払うようになったという。

 患者とのトラブルにより、中には従業員だけでなく医師本人もPTSD(心的外傷後ストレス障害)になることもある。また、病院では一部の職員(特に 看護師幹部)が「自分の対応が悪かった」と自責的になる一方、周囲には「大したことない」と否認することも多い。しかし、現代はそういう時代ではない。不 当な暴力には毅然として立ち向かい、従業員を守る姿勢が重要だ。

 

6.医療機関はどうトラブルを迎え撃つか

 トラブル対応のポイントは訴訟の前段階、つまり初期対応にある。訴訟まで発展するのはごく一部。この間相談を受けてきた中で、医療機関側に自分達で 何とか解決しようとする思い込みがあるように感じた。しかし、トラブルの芽は小さいうちに摘むことが重要。下手な思い込みが事態の解決を遅らせ、結局警察 や弁護士などに頼ることになる。少々の法律知識、そして「誠実さと度胸」があれば、トラブルに対応できることが多いことを知るべきだ。

 院内の分業化が進み、悪質な患者につけこまれても曖昧な態度しかとれていない病院が実に多い。中には小規模病院だからトラブル体制がとれない、大規模病院だから体制がとれるという認識もあるようだが、私の経験上、それは誤解だといえる。

 今後、医療機関には①病院にモンスターペイシェントをはじめ、難クレーム・院内暴力対策を含む方針を内外に提示、②医療安全管理委員会の機能を拡充 し、モンスターペイシェントなどへの対処も追加、③自身の医療機関で生じたケースレポートを医療安全管理責任者が活用し、全体で経験を共有-などの対応が 求められる。また、問題発生時の対処法や医療事故の緊急通報体制として、例えば船橋市立医療センターの「コードホワイト」体制(患者の暴言・暴力への緊急 対応が必要な場合、院内放送で「コードホワイト」と呼びかけ、医療安全管理室職員や警備員が現場に駆けつける仕組み)の確立も参考になるのではないか。

 

7.最後に

 私の所属する大阪府保険医協会では、個人的対応が多く、課題は山積みだが、相談が来れば一定の対処法を瞬時に指摘できる経験と蓄積はある。当会では 相談が寄せられたら、まず相手の言い分と相談者の言い分を把握する。対応策を数種類提示し、協議の上相談者に対応策を選んでもらう。対応後は必ず報告いた だき、更に次の対応を示す。もちろん、困難な相談の場合は適宜「顧問」団(税理士・社会保険労務士・弁護士など)から助言をいただいている。この過程を通 して、相談者自身にも対応を学習してもらうよう心掛けている。

 今、「失敗学」というものがあるが、私は多くの事例をもとにした「病医院トラブル学」も場合によっては必要ではないかと考え始めている。医療機関に おけるトラブルへの対応は通常のクレーマー対策とは異なり、医療界のルールや法律、規則に照らして解決にあたる必要があるからだ。

 今後もトラブルに遭遇する可能性は十分ありえる。参加された皆様においても、困った時にはぜひ保険医協会に相談していただきたい。

講師著書のご案内 

 

「医療機関 まさかのトラブル対策」

こじらせないための処方箋

 

大阪府保険医協会:編 プリメド社

定価:1,400円+税

 

当日、会場で特別価格で販売!

税込み1300円

【書評】

医療機関におけるトラブルは多様化しており、患者や従業員とのトラブルをはじめ、頭を悩ませる問題は数知れない。解決策を見出せずに困っている医療機関も多いのではないだろうか。そこで、自院での危機管理を考える一助として本書を紹介したい。

本書は①専門家からのアドバイス、②事例にみるトラブル対策-の2部構成。

第1部は警察や警備会社、弁護士など各分野で活躍する専門家による、トラブルの現状・対応などを紹介。特に医療機関における危機管理体制づくりは、項目別にわかりやすく解説しており非常に参考になる。

続けて第2部では、医療機関で実際に起きたトラブル事例を①悪徳業者、②従業員、③患者、④その他(行政窓口・同業者)-に分けて紹介。中でも患者とのトラブル対策については、今回の講演テーマでもあるので必見。

患者からの苦情に適切に対応すれば、患者の不満解消だけでなく、自院のサービス改善にもつながる。結果的に患者の満足度が上がり、紛争や訴訟リスクも回避できる。ぜひ本書を役立てていただきたい。

(実行委員長:高橋 健作)


 

 (事前の案内文)

 患者トラブル一般でもいいのですが(材料は毎日のように相談事例がありますので)、今回は雑誌やメディア等で騒がれています「モンスターペイシェント」問題に焦点をあててみたいと思います。

 この中身や定義が実はちゃんとなされていませんので、ワンパターンな像でしか紹介されません。しかし実は2つの部分に分かれ(①言語的暴力を中心にした、無茶な要求を行う患者②言語的ではない、行動パターンが読めず、身体的脅威・暴力を意識させる患者)、①に対応するやり方と②に対応するやり方では対応が異なります。②の方がより扱いの難しい患者になります。この②はさらに3つに分かれ、ア)薬物依存・アルコール依存症患者、イ)精神に疾患を抱え、情緒不安定・不穏状態患者、ウ)マル暴(元、現)関係患者、に分かれます。

 これまで集めた事例の中から、どう対応したらいいかを皆さんと一緒に考えてみたいと思います。

 

時 間  14時30分~16時

会 場  シンポ・講演ブース(会場レイアウトを参照

講 師  大阪府保険医協会事務局次長  尾内 康彦氏

 

 

トップページへ