政府・財界・米国の思惑
マネージドケアへの誘導 医療の市場開放へ
社会保障と税の共通番号制度(以下:番号制)とPHR、EHR等の医療IT戦略の連動により、保険料や税などの費用面だけではなく、疾病や医療・介護給付等までも管理・コントロールすることを画策していることは(その4)で解説した。この仕組みが導入されれば、究極の医療・健康情報管理システムが完成し、米国の「マネージドケア」に酷似した管理医療・社会保障への道が開くことになる。
はじめに、米国の管理医療の内容について触れる。米国には国民皆保険がなく、公的医療制度も高齢者、低所得者等、一部の国民のみが対象。大半の国民は任意で民間保険に加入している。この民間保険会社が導入している制度がマネージドケア(Managed Care)というもの。これは現在の米国の主流となる管理医療制度で、医療費抑制・営利追求を目的に、医療へのアクセス及び医療給付の内容を制限するものだ。
治療費の価格は民間企業である保険会社が設定。加入者の保険商品(保険料=代金)の範囲内の治療行為のみ現金給付される。加入者が医療機関を受診する場合、疾病の部位・病態等に関わらず、まずは自身が加入する保険会社と契約関係にある医師(家庭医)を受診しなければならない。医師は患者の保険商品の範囲内で治療メニューを決定。より専門的な治療を要する場合は専門医に紹介することになるが、それも保険商品のランクによって決まる。保険商品の範囲外の治療を求める場合は、別途自腹で支払うか、治療を諦めるかの二者択一となる。
このように、マネージドケアとは医療費抑制・営利追求のために、患者のアクセス権や医師の裁量権を剥奪し、患者の懐具合で医療内容を決定するという、完全な「資本主義医療」なのである。
切断した2本の指をくっつける手術費用が薬指は12万ドル、中指なら6万ドルと言われ、中指は諦めざるを得なかった人。検査と手術が必要な患者に対し、保険会社が「必要ない」として保険金支払いを拒否、その結果治療を受けられず死亡した人―など。米国マネージドケアの悲惨な現実を描いた映画「SiCKO」は記憶に新しい。
給付抑制・市場化の拡大 番号制が不可欠な基盤
米国と日本の根本的な医療・社会保障制度の違いはあれど、番号制等による情報の一元管理・利活用が進めば、「日本版マネージドケア」とも言えるような管理医療・社会保障体制の構築が可能となる。
(1) 保険料等の費用の範囲内での給付管理は「社会保障個人会計」によって実施。治療費や治療メニュー等の給付内容は、レセプトナショナルデータベースで標準的なメニューを算出し、診療報酬・介護報酬で包括的に設定する。
(2) 医療機関等は、(1)で管理・コントロールされた範囲の治療をEHR等の医療情報に基づき提供(介護施設の介護サービスも同様)。患者(利用者)が範囲を超える給付を求めた場合には、自費によるサービス提供となる。自費サービスの提供にはPHRが活用される。 |
このように、番号制・医療IT戦略の合わせ技で、医療・社会保障の保険給付は保険料等(=代金)の範囲内で容易にコントロールが可能となる。今後、社会保障費の抑制が進み、保険給付の範囲が縮小されれば、患者・国民は不足する治療サービス等を補うために民間保険への加入を余儀なくされる。併せて医療・健康分野の産業が活性化。混合診療の解禁等と併せて、医療市場の拡大が進行することになる(下図)。
事実、政府は番号制や医療IT戦略と同時に、一体改革による社会保障費抑制策を推進。また昨年6月に閣議決定した新成長戦略では、医療・介護・健康関連産業を日本の成長牽引産業と明確に位置付け。医療市場の拡大を掲げており、医療情報のデジタル化・標準化が不可欠としている。
財界では、経団連が昨年4月に発表した「成長戦略2010」で医療・介護関連産業の成長産業化を提唱。自由診療の範囲拡大や ICT* を活用した効率的な医療提供体制の基盤整備などを求めている。
また、生命保険協会は今年6月に「番号制度を通じた生命保険事業におけるICTの利活用について」と題した要望書を内閣官房等に提出。公的な社会保障を補完する私的保障の役割を担う生命保険事業における利活用を前提とした番号制の早期導入を求めている。
更には、米国は日本に対し、医療IT化の促進や医療の市場開放など、年次改革要望書で再三に渡り要求。このように、医療・社会保障の給付抑制と市場化に向けた土壌が、政府・財界・米国によって形成されようとしている。
番号制等によって構築される「医療・健康情報管理システム」は、そのための基盤として必要不可欠なインフラと位置付けられている。
≪用語解説≫
ICT(Information and Communication Technology)
情報通信に関連する技術一般の総称。近年では、ITに替わる表現として定着しつつある。ICTはITよりも情報・知識の「共有」が念頭におかれた表現である。
(2011年10月25日号 神奈川県保険医新聞 掲載)