神奈川県保険医協会とは
開業医を中心とする保険医の生活と権利を守り、
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2024/6/10 政策部長談話「診療所を生贄(いけにえ)とした歳出削減策 財政審「建議」が唱える地域別診療報酬に反対する」
診療所を生贄(いけにえ)とした歳出削減策
財政審「建議」が唱える地域別診療報酬に反対する
神奈川県保険医協会
政策部長 磯崎 哲男
◆医師不足・偏在問題に乗じた財政対策が滲む狡知
財政制度等審議会は5月21日、「我が国の財政運営の進むべき方向」と題す、春の「建議」を政府に提出した。人口急減、少子・高齢化局面で、既に「金利のある世界」となり、国債償還の利払い費増大を懸念しつつ、経済成長と財政再建へ向け、産業育成や財政を論じている。その中で、医師偏在の是正と称し、地域間の診療所偏在の是正策として地域別診療報酬の導入を提唱。診療所過剰地域の1点単価を引き下げ、医療資源のシフトを促すとし、当面、引き下げで浮いた公費節減分を診療所不足地域へ活用するとしている。これらは武見厚労大臣の医師需給の均霑化策として唱えた医師の地域別定数制に乗じた歳出削減策の意味合いが色濃い。荒唐無稽な「机上の空論」(松本・日医会長)であり、医療現場を混乱させ地域医療を壊す危険性が高い。我々は地域別診療報酬に断固反対する。
◆従前とは趣きが異なる春の「建議」の連続 診療所の報酬単価引き下げへの執念
今回の春の「建議」は、昨年同様に通例とは異なり、社会保障関係以外の地方財政、文教・科学技術、社会資本整備、産業・中小企業、防衛等の「項目立て」がなく、これらを包括した「主要分野で取り組むべき事項」の「章立て」もない。記載があるのは、「こども・高齢化」の章立ての下、少子化対策、医療、介護、年金の、「社会保障関係費」に関わるものだけである。その40頁の半分は医療である。
とりわけ、2024年度診療報酬改定に触れ、診療所の報酬単価を「5.5%程度引き下げるべきなどの指摘を行った。この点に関しての改革は道半ばである」とし、依然と医療費抑制の焦点を診療所においていることが特徴である。
これを基軸に、診療所過剰地域での診療報酬の1点単価引き下げを先行させ、捻出される公費の活用を唱えている。診療所偏在の是正がその理由として論建てされているが、根拠も論拠も何もない。
◆医療経営の実態を無視し、平均値で横車を押す政策の不思議
財務省は昨年、医療法人の診療所(無床)の直近3年間分の「事業年度報告書等」をほぼ全数、1万8千法人分を集約した機動的調査の結果を基に経常利益率8.8%と説き、全産業の3.3%との乖離分の圧縮、つまり医療費抑制、診療報酬の引き下げを主張している。しかし、診療所の保険収入は正規分布しておらず平均値は中央値でも最頻値でもなく実態を測る代表値にはならない。事業収益1.88億円と平均値が示されたが、診療所の保険収入は最頻値が5千万円であり実態と大きく乖離している。
開設主体は個人、公立、公的など他にもある。日医調査では診療所の3年間平均の損益率(医業利益率)は5.0%である。中医協資料でも6.4%である。コロナ禍の診療報酬の特例措置分1.7%が今年度廃止となり、差し引くと3.3%で全産業と大差ない。最頻階級の損益率はコロナ関連の補助金を除き22年度は2.3%でしかなく、コロナの特例措置分1.7%を除くと0.6%と極少である。これが実像である1)。
診療所の5.5%引き下げは改定率▲1%(▲4,800億円)相当であり、その断行は地域医療に甚大な影響を及ぼす。実際は▲0.25%であったが、中医協調査で22年度は診療所・医療法人(無床)の1/4は赤字、4割は前年より経営悪化である。▲0.25%は決して軽くない。ましてや、この貫徹は「面としての地域医療」を考えた場合、医療経営とかかりつけ医の機能強化に影を落とし、医師不足に拍車をかける2)。
今改定率はネット▲0.12%、本体0.88%だが、財源の殆どが使途限定である。しかも官邸の意を体し、ベースアップ評価料で占められ、算定収入は「賃金」専用充当で、「経営改善」には使えない。政策改定分は0.18%しかなく、薬価を考慮せずとも経営裁量分は実質マイナス改定である。そのもと賃上げと経営改善の二律背反の不可能を強いられている。2割程ある院内処方の診療所は、なおさら経営は厳しい3)。
ベースアップ評価料は複雑で理解が難しく医療現場は混乱や不満が収束せず、当協会はじめ全国で新点数関連の問い合わせが膨大で、尋常ではない。改革断行は横暴であり、現場の怨嗟は沸点となる。
◆地域別診療報酬は歴史に逆行、医師偏在是正の根拠なし EBPMに反す自家撞着
かつて、1点単価に格差のついた地域別診療報酬はあったが1963年9月に撤廃されている。これは、6 大都市と川崎、尼崎など4 市を「甲地」、その他の市町村を「乙地」とし1点単価に格差をつけたものであるが、これにより医療資源のシフトが起こった事実はない。この撤廃は大阪・京都の府医師会や全国の開業医の5年もの運動で自民党が動き、日医が厚生省に要請し悲願が実現したものである。この全国一律単価が全国の医療の均霑化に大きく貢献をし、医療技術・労働を保障し、医療の再生産を支えてきたのである。地域別診療報酬はこの歴史に逆行する4)。
「建議」はEBPM(証拠に基づく政策形成)を強調しているが、過去に照らせば、地域別報酬で医療機関の「国内移動」が生じる根拠はない。開業調整がされてもいない。
そもそも地域別診療報酬は「医療費適正化計画」での医療費圧縮の調整アイディアとして考案されたものである。発動もなく、厚労省も謙抑的である。実績評価に基づき全国的な公平の観点で、合理的範囲内で特例的に厚労省が都道府県単位で設定するものである。医師偏在是正とは無関係である。
◆武見大臣の医師定数制問題意識と財務省提案は同床異夢 医師偏在指標の絶対視は禁物
医師偏在是正は4月7日、NHK日曜討論で武見厚労大臣が「地域別の定数制導入」を口にして以降、急浮上し、短時日に大臣会見や国会質疑を通じ、①省内プロジェクトチームの設置、②骨太方針への書き込み、③新たな地域医療構想の検討会での年内の「とりまとめ」と、ラインが引かれた。この動きに乗じる形で4月16日、財務省が財政審分科会で、地域別の診療報酬導入を提案。診療所過剰地域で1点単価を引き下げ、不足地域の単価を引き上げるとした。すかさず武見大臣は19日、「診療所の不足地域の患者の自己負担が、過剰地域の患者に比べ高くなるような対応は、患者の理解が得られるのか」と会見でこれを牽制。機を見るに敏な財務省は5月初旬、「不足地域の報酬単価を維持した上で、過剰地域の引き下げのみを行うべき」「引き下げで生じた財源を、不足地域に補助金など報酬単価以外で手当てする方法も考えられる」(端本秀夫主計官)と軌道修正を図り5)、今回の「建議」に落着している。
診療所過剰地域や診療所不足地域の文言は厚労省では使っておらず、財務省独自のものである。定義もない。厚労省では都道府県の医師確保計画の策定に際し、人口10万対比医師数での医師偏在指標と外来医師偏在指標を都道府県単位と二次医療圏単位で示しており、上位1/3と下位1/3を「医師多数区域」、「医師少数区域」と便宜的に示しているだけである。しかも仮定要件や入手データの限界に触れ、絶対視は禁物と釘をさしている。実際、医師多数の東京都でも少数圏域を抱え、少数県でも多数圏域がありと、モザイク状態である参考)。制度的にも地域別診療報酬の適応には無理がある。
医師需給・医師偏在是正は学部定員、研修制度、管理者要件、補助金など総合的に検討すべきである。
◆日本の医療はOECDやランセットで高い評価 コロナ禍でも満足度は不変
春の「建議」は、医療の質の向上、診療所の集約化による効率化を説いているが、現状の医療提供水準は世界的にみても遜色がない。コロナ禍で英国等を引き合いにした「出羽守」がたくさん登場したが、二木立・日本福祉大学名誉教授6)や森井大一・日医総研主席研究員の欧州視察報告7)などの論文により、雲散霧消している。また国民の医療満足度も全国、首都圏ともに不変である8)。日本の医療は、コロナ禍前よりランセットやOECDで高い評価9)を得ており、効率性は高いのである。
この一次医療、プライマリケアを支えているのが、専門医が開業した診療所や中小病院である。発熱外来も人口2000人に1診療所の割合で6万ヶ所が実施しており、それ以外の4万ヶ所は眼科、皮膚科、外科、整形外科など内科系診療所以外であり、疾病に応じ患者を診ている10)。医療は患者・国民の生活圏にある地場産業であり、診療所の存在は受診している患者の存在と表裏一体である。根拠もなく非効率を嘯き集約化すれば、患者の不便・不都合が増すだけである。
コロナ禍で医療の冗長性が必要と閣僚からも説かれ、効率一辺倒の医療費抑制策の見直しが説かれたばかりである。貧すれば鈍す。後発医薬品不足の昨今の窮状は、その最たるものである。財務省はコロナ禍、医療者への謝意を示し、医療界も強く背中を押され意気に感じた。医療は重要な安全保障である。地域医療を壊し分断を招く地域別診療報酬に改めて反対する。
2024年6月10日
1)2023.12.4神奈川県保険医協会・政策部長談話「「かかりつけ医機能強化」へ診療報酬のプラス改定を求める/保険料月400 円減と交換で地域医療崩壊では元も子もない」
2)2024.3.1神奈川県保険医協会・政策部長談話「経営介入と診療所の選別淘汰を策す診療報酬改定に異を唱える/生活習慣病管理料(Ⅱ)は「かかりつけ医機能強化」に資するかは疑問」
3)2024.4.4神奈川県保険医協会・政策部長談話「賃上げ目標を保証しない「ベースアップ評価料」は看板倒れ/患者・職員との摩擦や診療報酬体系の変容を警鐘する」
4)2018.5.22神奈川県保険医協会・政策部長談話「地域差撤廃の歴史を反故にする地域別診療報酬の具体化に強く反対する」
5)2024.5.12メディファクス「医師偏在対策、「インセンティブ」「規制的手法」で 端本主計官」
6)二木立・日本福祉大学名誉教授『病院の将来とかかりつけ医機能』(勁草書房)
7)2023.11.6日医総研ワーキングペーパー「【欧州医療調査報告書 概要版】英・独・仏の"かかりつけ医"制度 ―平時の医療提供体制、新興感染症へのレスポンス」202.4.17『日本医師会欧州医療調査報告書』
8)『日本医事新報』2023.11.4「コロナ禍で国民の医療満足度は低下したか?{深層を読む・真相を解く(137)}」神奈川県保険医協会・医療政策研究室論考「首都圏の医療満足度 コロナ禍でも不変、若干増」
9)2011.9『ランセット』日本特集号「国民皆保険達成から50年」OECD「図表でみる日本医療2021」Health at a Glance 2021 - How does Japan compare (oecd.org))
10)2023.3.7神奈川県保険医協会・医療政策研究室論考「「かかりつけ医機能」充実は「手上げ」方式を活かして/患者本位と医療の存続が基本 現実からの出発を」
<厚労省HP「医師確保対策」より医師確保対策 |厚生労働省 (mhlw.go.jp)>
・医師偏在指標(都道府県別) 001188442.pdf (mhlw.go.jp)
・同(二次医療圏別)001188443.pdf (mhlw.go.jp)
・外来医師偏在指標(都道府県別)001188448.pdf (mhlw.go.jp)
・同(二次医療圏別)001188449.pdf (mhlw.go.jp)
診療所を生贄(いけにえ)とした歳出削減策
財政審「建議」が唱える地域別診療報酬に反対する
神奈川県保険医協会
政策部長 磯崎 哲男
◆医師不足・偏在問題に乗じた財政対策が滲む狡知
財政制度等審議会は5月21日、「我が国の財政運営の進むべき方向」と題す、春の「建議」を政府に提出した。人口急減、少子・高齢化局面で、既に「金利のある世界」となり、国債償還の利払い費増大を懸念しつつ、経済成長と財政再建へ向け、産業育成や財政を論じている。その中で、医師偏在の是正と称し、地域間の診療所偏在の是正策として地域別診療報酬の導入を提唱。診療所過剰地域の1点単価を引き下げ、医療資源のシフトを促すとし、当面、引き下げで浮いた公費節減分を診療所不足地域へ活用するとしている。これらは武見厚労大臣の医師需給の均霑化策として唱えた医師の地域別定数制に乗じた歳出削減策の意味合いが色濃い。荒唐無稽な「机上の空論」(松本・日医会長)であり、医療現場を混乱させ地域医療を壊す危険性が高い。我々は地域別診療報酬に断固反対する。
◆従前とは趣きが異なる春の「建議」の連続 診療所の報酬単価引き下げへの執念
今回の春の「建議」は、昨年同様に通例とは異なり、社会保障関係以外の地方財政、文教・科学技術、社会資本整備、産業・中小企業、防衛等の「項目立て」がなく、これらを包括した「主要分野で取り組むべき事項」の「章立て」もない。記載があるのは、「こども・高齢化」の章立ての下、少子化対策、医療、介護、年金の、「社会保障関係費」に関わるものだけである。その40頁の半分は医療である。
とりわけ、2024年度診療報酬改定に触れ、診療所の報酬単価を「5.5%程度引き下げるべきなどの指摘を行った。この点に関しての改革は道半ばである」とし、依然と医療費抑制の焦点を診療所においていることが特徴である。
これを基軸に、診療所過剰地域での診療報酬の1点単価引き下げを先行させ、捻出される公費の活用を唱えている。診療所偏在の是正がその理由として論建てされているが、根拠も論拠も何もない。
◆医療経営の実態を無視し、平均値で横車を押す政策の不思議
財務省は昨年、医療法人の診療所(無床)の直近3年間分の「事業年度報告書等」をほぼ全数、1万8千法人分を集約した機動的調査の結果を基に経常利益率8.8%と説き、全産業の3.3%との乖離分の圧縮、つまり医療費抑制、診療報酬の引き下げを主張している。しかし、診療所の保険収入は正規分布しておらず平均値は中央値でも最頻値でもなく実態を測る代表値にはならない。事業収益1.88億円と平均値が示されたが、診療所の保険収入は最頻値が5千万円であり実態と大きく乖離している。
開設主体は個人、公立、公的など他にもある。日医調査では診療所の3年間平均の損益率(医業利益率)は5.0%である。中医協資料でも6.4%である。コロナ禍の診療報酬の特例措置分1.7%が今年度廃止となり、差し引くと3.3%で全産業と大差ない。最頻階級の損益率はコロナ関連の補助金を除き22年度は2.3%でしかなく、コロナの特例措置分1.7%を除くと0.6%と極少である。これが実像である1)。
診療所の5.5%引き下げは改定率▲1%(▲4,800億円)相当であり、その断行は地域医療に甚大な影響を及ぼす。実際は▲0.25%であったが、中医協調査で22年度は診療所・医療法人(無床)の1/4は赤字、4割は前年より経営悪化である。▲0.25%は決して軽くない。ましてや、この貫徹は「面としての地域医療」を考えた場合、医療経営とかかりつけ医の機能強化に影を落とし、医師不足に拍車をかける2)。
今改定率はネット▲0.12%、本体0.88%だが、財源の殆どが使途限定である。しかも官邸の意を体し、ベースアップ評価料で占められ、算定収入は「賃金」専用充当で、「経営改善」には使えない。政策改定分は0.18%しかなく、薬価を考慮せずとも経営裁量分は実質マイナス改定である。そのもと賃上げと経営改善の二律背反の不可能を強いられている。2割程ある院内処方の診療所は、なおさら経営は厳しい3)。
ベースアップ評価料は複雑で理解が難しく医療現場は混乱や不満が収束せず、当協会はじめ全国で新点数関連の問い合わせが膨大で、尋常ではない。改革断行は横暴であり、現場の怨嗟は沸点となる。
◆地域別診療報酬は歴史に逆行、医師偏在是正の根拠なし EBPMに反す自家撞着
かつて、1点単価に格差のついた地域別診療報酬はあったが1963年9月に撤廃されている。これは、6 大都市と川崎、尼崎など4 市を「甲地」、その他の市町村を「乙地」とし1点単価に格差をつけたものであるが、これにより医療資源のシフトが起こった事実はない。この撤廃は大阪・京都の府医師会や全国の開業医の5年もの運動で自民党が動き、日医が厚生省に要請し悲願が実現したものである。この全国一律単価が全国の医療の均霑化に大きく貢献をし、医療技術・労働を保障し、医療の再生産を支えてきたのである。地域別診療報酬はこの歴史に逆行する4)。
「建議」はEBPM(証拠に基づく政策形成)を強調しているが、過去に照らせば、地域別報酬で医療機関の「国内移動」が生じる根拠はない。開業調整がされてもいない。
そもそも地域別診療報酬は「医療費適正化計画」での医療費圧縮の調整アイディアとして考案されたものである。発動もなく、厚労省も謙抑的である。実績評価に基づき全国的な公平の観点で、合理的範囲内で特例的に厚労省が都道府県単位で設定するものである。医師偏在是正とは無関係である。
◆武見大臣の医師定数制問題意識と財務省提案は同床異夢 医師偏在指標の絶対視は禁物
医師偏在是正は4月7日、NHK日曜討論で武見厚労大臣が「地域別の定数制導入」を口にして以降、急浮上し、短時日に大臣会見や国会質疑を通じ、①省内プロジェクトチームの設置、②骨太方針への書き込み、③新たな地域医療構想の検討会での年内の「とりまとめ」と、ラインが引かれた。この動きに乗じる形で4月16日、財務省が財政審分科会で、地域別の診療報酬導入を提案。診療所過剰地域で1点単価を引き下げ、不足地域の単価を引き上げるとした。すかさず武見大臣は19日、「診療所の不足地域の患者の自己負担が、過剰地域の患者に比べ高くなるような対応は、患者の理解が得られるのか」と会見でこれを牽制。機を見るに敏な財務省は5月初旬、「不足地域の報酬単価を維持した上で、過剰地域の引き下げのみを行うべき」「引き下げで生じた財源を、不足地域に補助金など報酬単価以外で手当てする方法も考えられる」(端本秀夫主計官)と軌道修正を図り5)、今回の「建議」に落着している。
診療所過剰地域や診療所不足地域の文言は厚労省では使っておらず、財務省独自のものである。定義もない。厚労省では都道府県の医師確保計画の策定に際し、人口10万対比医師数での医師偏在指標と外来医師偏在指標を都道府県単位と二次医療圏単位で示しており、上位1/3と下位1/3を「医師多数区域」、「医師少数区域」と便宜的に示しているだけである。しかも仮定要件や入手データの限界に触れ、絶対視は禁物と釘をさしている。実際、医師多数の東京都でも少数圏域を抱え、少数県でも多数圏域がありと、モザイク状態である参考)。制度的にも地域別診療報酬の適応には無理がある。
医師需給・医師偏在是正は学部定員、研修制度、管理者要件、補助金など総合的に検討すべきである。
◆日本の医療はOECDやランセットで高い評価 コロナ禍でも満足度は不変
春の「建議」は、医療の質の向上、診療所の集約化による効率化を説いているが、現状の医療提供水準は世界的にみても遜色がない。コロナ禍で英国等を引き合いにした「出羽守」がたくさん登場したが、二木立・日本福祉大学名誉教授6)や森井大一・日医総研主席研究員の欧州視察報告7)などの論文により、雲散霧消している。また国民の医療満足度も全国、首都圏ともに不変である8)。日本の医療は、コロナ禍前よりランセットやOECDで高い評価9)を得ており、効率性は高いのである。
この一次医療、プライマリケアを支えているのが、専門医が開業した診療所や中小病院である。発熱外来も人口2000人に1診療所の割合で6万ヶ所が実施しており、それ以外の4万ヶ所は眼科、皮膚科、外科、整形外科など内科系診療所以外であり、疾病に応じ患者を診ている10)。医療は患者・国民の生活圏にある地場産業であり、診療所の存在は受診している患者の存在と表裏一体である。根拠もなく非効率を嘯き集約化すれば、患者の不便・不都合が増すだけである。
コロナ禍で医療の冗長性が必要と閣僚からも説かれ、効率一辺倒の医療費抑制策の見直しが説かれたばかりである。貧すれば鈍す。後発医薬品不足の昨今の窮状は、その最たるものである。財務省はコロナ禍、医療者への謝意を示し、医療界も強く背中を押され意気に感じた。医療は重要な安全保障である。地域医療を壊し分断を招く地域別診療報酬に改めて反対する。
2024年6月10日
1)2023.12.4神奈川県保険医協会・政策部長談話「「かかりつけ医機能強化」へ診療報酬のプラス改定を求める/保険料月400 円減と交換で地域医療崩壊では元も子もない」
2)2024.3.1神奈川県保険医協会・政策部長談話「経営介入と診療所の選別淘汰を策す診療報酬改定に異を唱える/生活習慣病管理料(Ⅱ)は「かかりつけ医機能強化」に資するかは疑問」
3)2024.4.4神奈川県保険医協会・政策部長談話「賃上げ目標を保証しない「ベースアップ評価料」は看板倒れ/患者・職員との摩擦や診療報酬体系の変容を警鐘する」
4)2018.5.22神奈川県保険医協会・政策部長談話「地域差撤廃の歴史を反故にする地域別診療報酬の具体化に強く反対する」
5)2024.5.12メディファクス「医師偏在対策、「インセンティブ」「規制的手法」で 端本主計官」
6)二木立・日本福祉大学名誉教授『病院の将来とかかりつけ医機能』(勁草書房)
7)2023.11.6日医総研ワーキングペーパー「【欧州医療調査報告書 概要版】英・独・仏の"かかりつけ医"制度 ―平時の医療提供体制、新興感染症へのレスポンス」202.4.17『日本医師会欧州医療調査報告書』
8)『日本医事新報』2023.11.4「コロナ禍で国民の医療満足度は低下したか?{深層を読む・真相を解く(137)}」神奈川県保険医協会・医療政策研究室論考「首都圏の医療満足度 コロナ禍でも不変、若干増」
9)2011.9『ランセット』日本特集号「国民皆保険達成から50年」OECD「図表でみる日本医療2021」Health at a Glance 2021 - How does Japan compare (oecd.org))
10)2023.3.7神奈川県保険医協会・医療政策研究室論考「「かかりつけ医機能」充実は「手上げ」方式を活かして/患者本位と医療の存続が基本 現実からの出発を」
<厚労省HP「医師確保対策」より医師確保対策 |厚生労働省 (mhlw.go.jp)>
・医師偏在指標(都道府県別) 001188442.pdf (mhlw.go.jp)
・同(二次医療圏別)001188443.pdf (mhlw.go.jp)
・外来医師偏在指標(都道府県別)001188448.pdf (mhlw.go.jp)
・同(二次医療圏別)001188449.pdf (mhlw.go.jp)