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TOP > 神奈川県保険医協会とは > 私たちの考え > 2022/9/15 理事長談話 「『医療機関等における2023年4月からのオンライン資格確認システムの導入の原則義務化』を規定した療担規則の改定の撤回を求める」
2022/9/15 理事長談話 「『医療機関等における2023年4月からのオンライン資格確認システムの導入の原則義務化』を規定した療担規則の改定の撤回を求める」
「医療機関等における2023年4月からのオンライン資格確認システムの
導入の原則義務化」を規定した療担規則の改定の撤回を求める
神奈川県保険医協会
理事長 田辺 由紀夫
後藤厚労相(当時)は8月3日、骨太方針2022で示された「医療機関等における2023年4月からのオンライン資格確認システムの導入の原則義務化」等について中医協に諮問。中医協では8月3日、10日のたった2回で議論を終了し、10日のうちに厚労相に答申した (*1) 。答申では、原則義務化については「保険医療機関及び保険医療養担当規則」(以下「療担規則」)を改正して規定するとし、これを受けて9月5日には療担規則の改定が官報告示された (*2) 。施行日を2023年4月1日としている。
オンライン資格確認は医療現場・国民ともに必要としていないことが明白であり、原則義務化は現実社会の実態から遊離した施策である。それにも関わらず、厚労省をはじめオンライン資格確認を推進する政府・関係機関等のこの間の動向は、医療現場や国民を無視するばかりか、医療現場にシステム導入をさせるための過剰な圧力をかけるものであり、これ以上見過ごすことはできない。
本談話は、オンライン資格確認の義務化を楯に、医療機関へシステム導入を強いる数々の"暴挙"を明らかにし抗議するとともに、医療現場・国民ともに必要としていない根拠を示し、来年4月からの医療機関等に対するオンライン資格確認の原則義務化の撤回を求めるものである。以下に詳述する。
1.現実を無視した無謀なスケジュール/「義務化だから早く進めろ」一辺倒の"暴挙"
今回の療担規則の改定では、オンライン資格確認の原則義務化の例外対象を現在紙レセプトでの請求が認められている医療機関のみとしている。これにより9割を超える医療機関が義務化の対象となる (*3) 。
9月4日時点でオンライン資格確認の運用施設は、医科・歯科診療所ともに2割程度にとどまり、システム改修等が完了している施設も医科・歯科診療所ともに24%程度と非常に少ない (*4) 。またオンライン資格確認のシステムを構築するには、レセプトオンライン請求と同様の回線の整備が必要となるが、現時点で同回線の整備は医科診療所で73%、歯科では25%に留まる (*3) 。
コロナ禍や機材の供給不足、ベンダーの対応能力など状況を考えれば、約半年で残りの医療機関(医科・歯科診療所で計約12万件 (*3) )にシステム導入を義務付けることは非現実的であり無謀だ。それにも関わらず「義務なのだから早く進めろ」とばかりに医療現場に強制する厚労省や関係機関等の対応は"暴挙"としか言いようがない。
2.どさくさ紛れの省令改定で義務化を規定する"暴挙"/憲法41条を逸脱
オンライン資格確認は医療機関の窓口業務のみならず、患者の受診行動にも大きな変化や影響を及ぼす。なぜなら骨太方針2022では、オンライン資格確認の原則義務化から「将来的な保険証の廃止(=マイナンバーカードの保険証利用の原則化)」を一連の計画として示しているからだ (*5) 。よって今回の療担規則の改定内容は、医療機関のシステム整備に関する新たな規定という範疇を超え、国民の権利義務に関わる重要な課題を含むものと捉えるべきだ。
国民の権利義務に関わる事案については、国会での審議を経て法律で規定するのが原理原則である。それを省令改定という簡易な手続きで規定すること自体が"暴挙"であり、法律による行政の原理、国会を唯一の立法機関と定めた憲法41条を逸脱する。
また、中医協の答申は附帯意見として「2022年末頃に電子資格確認の導入状況を調査し、やむを得ない場合の必要な対応について、その期限も含め検討を行う」ことが盛り込まれた (*6) 。附帯意見を尊重するならば、年末の状況を見てから省令改定(官報告示)するのが筋である。それを待たず、新型コロナ感染の第7波により医療現場が疲弊・混乱する中での療担規則の改定は、どさくさ紛れの"暴挙"だと言わざるを得ない。
3.罰則として保険医療機関指定取消や個別指導を匂わす"暴言"/執拗なシステム導入催促の"暴挙"
8月24日に厚労省・三師会の合同で開かれたウェブ説明会では、厚労省保険局医療介護連携政策課長の水谷忠由氏より、医療機関が2023年4月の義務化に間に合わなかった場合の罰則として、保険医療機関の指定取り消しや個別指導を示唆する発言があった (*7) 。発言の趣旨がどうあれ、開業保険医にとっては脅しともとれる"暴言"であり、憤りを禁じ得ない。
この他にも、厚労省や支払基金等はこの間、オンライン資格確認の普及加速の取り組みとして、▽顔認証付きカードリーダーを注文していない医療機関への個別電話連絡、▽「医療機関等向けポータルサイト」へのアカウント登録を強要する簡易書留の送付 (*8) 、▽オンライン請求時に画面上に「オンライン資格確認の導入に関する検討状況をご回答ください」を付け、回答しないとオンライン請求画面に進むことができない――など、医療機関へシステム導入の催促を繰り返している。執拗なまでの催促(圧力)は医療現場に不安や混乱を与えるばかりか、診療や医院経営を妨害する"暴挙"でしかない。
4.増え続ける医療機関へのサイバー攻撃/ウイルス感染・情報漏洩のリスクと自己責任を強要する"暴挙"
昨今、サイバー攻撃による医療機関の被害は増加している。ランサムウエアへの感染により、多額の身代金の要求、長期間にわたる通常診療の停止等の被害報告もあり、医療現場は重大な問題だと受け止めている (*9)。
オンライン資格確認システムは電子カルテ等の医事システムとの接続を前提としていることから、患者の医療情報等が保存された医事システムが外部ネットワークと繋がり、常時オンライン接続されることになる。回線の種類がIP-VPN等の閉塞網とはいえ、ウイルス感染等による医療情報の漏洩リスクは各段に上がる。
すべての医療機関が高度なデジタル技術やセキュリティ体制を構築できるだけの予算・人材等を確保できる訳ではない。小規模事業者の診療所であれば尚更だ。それでもウイルス感染等により患者の医療情報が漏洩した場合、その責任は医療機関・院長にある。つまりオンライン資格確認の義務化とは、医療機関にリスクを押し付け、リスク発生時には医療機関に自己責任を強要する施策であり、"暴挙"以外の何ものでもない。
医療機関に限らず、サイバー攻撃は大きな社会問題と化している。直近では行政情報やオンライン申請等の窓口サービスを提供する日本政府のサイト「e-Gov」や地方税ポータルシステム「eLTAX」がサイバー攻撃(DDoS攻撃)により接続障害が生じた。
サイバー攻撃以外にも、公的機関のシステムの脆弱性が露呈される事象が頻発している。医療現場においては、今年の4月、5月の2カ月連続で社会保障診療報酬支払基金のオンライン請求システムに障害が発生し、延べ1万6千件の医療機関で診療報酬のオンライン請求が受け付けられないという事態が生じた (*10) 。この他、▽特別定額給付金や雇用調整助成金のオンライン申請でのシステム停止、▽新型コロナ感染者接触確認アプリ「COCOA」の不具合の長期間放置――など、数え上げたらキリがない。
この他にもauやNTTドコモ、NTT西日本など、通信障害が多発している。特に7月に起こったauの数日間にわたる通信障害では、物流関連、自動車関連、気象関連、銀行関連、交通関連など、社会インフラに多大な損害を及ぼした。
こうした状況で来年4月から概ねすべての医療機関がオンライン資格確認システムの運用を始めれば、システム障害等によるトラブルに巻き込まれることは必至である。オンラインでしか保険資格を確認できないような仕組みは、医療現場に多大な混乱を与えるばかりか、最悪の場合は医療提供体制を麻痺させる恐れもある。政府はオンライン資格確認の原則義務化をはじめとするデジタル施策を推進する前に、まずは足元のデジタル技術やセキュリティ技術を強化・向上させることを最優先の課題として取り組むべきである。
5.医療者・国民ともにオンライン資格確認は必要なし/現実社会から遊離した施策を医療現場に強制する"暴挙"
8月3日、10日の中医協の議論では、診療側委員から来年4月からの原則義務化に対して反対意見が出されなかった (*11) 。ただ、それが医療現場の総意だと受け止めてほしくない。
当会が7月に当会会員を対象に実施した実態・意識調査では、▽医科・歯科ともに8割超がオンライン資格確認を運用していないこと、▽6割超がオンライン資格確認の原則義務化に反対していること――が明らかとなった (*12) 。この傾向は当会会員に限らず、全国保険医団体連合会の調査でも同様の結果となっている (*13) 。
また、30万人以上の医師が登録する日本最大級の医療従事者専用サイト「m3.com」が開業医を対象に実施した意識調査では、オンライン資格確認の顔認証付きカードリーダー導入の医療機関側のメリットについて、「あまりない」・「ほとんどない」を合わせた回答が52.7%を占め、「かなりある」・「まあまあある」を合わせた回答31.3%を大幅に上回った (*14) 。
なによりも、現状でオンライン資格確認の運用医療機関が2割程度しかない事実こそ、医療現場がオンライン資格確認を有用・必要としていないことの証左である。
国民の側に目を向けても、オンライン資格確認(=マイナンバーカードの保険証利用)の有用性・必要性を感じている人はほとんどいない。
政府が実施中の「マイナポイント第2弾」によって、マイナンバーカードの取得率は47%まで到達したものの、保険証利用の登録は同カード所持者の3割程度にとどまっている(2022年9月4日時点)(*15) 。マイナポイント第2弾は申請期限が9月末だが、8月25日時点で6千億円もの余剰(執行率57%)が生じており、保険証利用の普及効果の低さを露呈している (*16) 。
また、今年5月分のマイナンバーカードの保険証利用はオンライン資格確認の運用件数全体の0.4%に過ぎず、運用利用機関が2割程度と考え合せれば患者1千人に1人程度しかいない。薬剤情報、特定健診情報の閲覧・診療利用は、オンライン資格確認の運用件数全体の1%にも満たない (*17) 。
こうした事実から、医療者・国民ともにオンライン資格確認を必要としていないことは明白だ。原則義務化は、現実社会の実態から遊離した施策を医療現場に強制する"暴挙"だと言える。
6.医療を人質としたマイナンバーカード取得強要の"暴挙"
骨太方針2022では、オンライン資格確認の原則義務化と一連の計画として、「2024年度中を目途に保険者による保険証発行の選択制の導入」、「将来的な保険証の原則廃止(=マイナンバーカードの保険証利用の原則化)」が明記された*5。
保険者による保険証発行の選択制が導入・実行されれば、保険者によるマイナンバーカードへの切り替え圧力が強まることが予想される。その結果、仕方なくマイナンバーカードを取得し保険証利用する被保険者(国民)が増えることになるだろう。いくら選択制とはいえ、取得を強要する社会風潮が醸成されれば、「マイナンバーカードなど作りたくない、携帯・使用したくない」と思う人の自己決定権や受療権の侵害にも繋がる。
保険証の原則廃止に至っては論外で、そもそも取得が任意のマイナンバーカードの利用を原則とするという理屈は非論理的だと言わざるを得ない。何よりも、マイナポイントなるバラマキ政策でカードの取得を誘う一方、保険証の廃止という強圧的な政策で取得を迫る「アメとムチ」の政治手法は、国民を愚弄した"暴挙"だと言わざるを得ない。
いずれにせよ、命と健康にかかわる医療を人質にするような手法でマイナンバーカードの取得を強要することは"暴挙"であり、断じて容認できない。
7.同床異夢の医療DX/医療費抑制・営利目的のデジタル化は断固反対
政府はオンライン資格確認の原則義務化について、「患者の医療情報を有効に活用して、安心・安全でより良い医療を提供していくための医療DXの基盤」と位置付けている。聞こえはいいが、医療DXやデータヘルス改革等の医療分野のデジタル施策は、立場によって同床異夢である。
医療界は迅速かつ正確な診療情報の連携、新薬や新たな治療法の開発など、医療・医学の発展、患者の健康・幸福に寄与することを目的としている。しかし、政府・財界の目的は、医療ビッグデータ利活用による医療費・社会保障費の抑制、医療情報の民間開放、医療情報の利活用による営利産業化など、経済政策という色合いが強い。
世界から高い評価を受けている日本の皆保険制度は、生存権を保障する憲法25条を基盤としており、公的な医療保障は国の責務である。また当然のことながら、医療は人命に関わる極めて公益性の高い事業であり非営利が原則である。この理念・原則に反し、医療費抑制や営利目的のために患者の医療情報の利活用を狙うデジタル化に対しては断固反対である。
8.最後に
医療情報とは機微性の高い個人情報である。ひとたび漏洩・流出し悪用された場合、その後の生活に多大な支障が生じる危険がある。医療のデジタル化を進めるにあたっては、その利点や効果にばかり目を向けるのではなく、個人情報保護に重きを置いて検討していかなくてはならない。
われわれ医師・歯科医師をはじめとする医療者は、診療で知り得た患者の個人情報の守秘義務が法律で課せられているが、それだけではない。古くから継承される職業倫理(ヒポクラテスの誓い)により、日頃から徹底した医療情報の管理、保護に努めている。
医療情報を漏洩のリスクに晒すようなオンライン資格確認に対して、当会はこれまでも問題点を再三指摘し、医療機関にシステム導入を強要する策動を牽制してきたが、9割超の医療機関への導入義務化などもっての外である。
志を同じくする多くの医師・歯科医師を代表し、「医療機関等における2023年4月からのオンライン資格確認システムの導入の原則義務化」を規定した療担規則の改定(2022年9月5日官報告示)の撤回を求める。
2022年9月15日
*1 厚生労働省 中央社会保険医療協議会 第527回総会(2022年8月10日開催)「個別改定項目について」
*2 令和4年9月5日 官報号外(第191号)「保険医療機関及び保険医療養担当規則及び保険薬局及び保険薬剤師療養担当規則の一部を改正する省令(厚生労働一二四)」(P.3-P.5)
*3 厚生労働省 第152回社会保障審議会医療保険部会(2022年8月19日開催)、資料2「オンライン資格確認等システムについて」15頁「(参考)レセプトの請求状況」
*4 厚生労働省ホームページ「オンライン資格確認の導入について(医療機関・薬局、システムベンダ向け)」→「オンラインシステムの導入状況(2022/9/4時点)」
*5 経済財政運営と改革の基本方針2022 新しい資本主義へ~課題解決を成長のエンジンに変え、持続可能な経済を実現~(2022年6月7日閣議決定)
*6 厚生労働省 第152回社会保障審議会医療保険部会(2022年8月19日開催)、資料2「オンライン資格確認等システムについて」22頁「答申書の附帯意見について」
*7 YouTube厚生労働省チャンネル「三師会・厚生労働省合同開催 オンライン資格確認の原則義務化に向けた医療機関・薬局向けオンライン説明会(2022年8月24日)」(39:42~40:50)
*8 オンライン資格確認・医療情報化支援基金関係 医療機関等向けポータルサイト「【お知らせ】医療機関等向けポータルサイトへのアカウント登録ご案内文書の郵送とアカウント登録について」
*9 つるぎ町立半田病院ホームページ「徳島県つるぎ町立半田病院 コンピュータウイルス感染事案有識者会議調査報告書について」
*10 社会保障診療報酬支払基金ホームページ「オンライン請求システムへ接続しにくい事象が発生した件について」
*11 厚生労働省 中央社会保険医療協議会・総会(第526回、第527回)
*12 神奈川県保険医協会ホームページ「6割超が原則義務化に反対/『オンライン資格確認に関する緊急アンケート』結果」
*13 全国保険医団体連合会ホームページ「オンライン資格確認 2023年4月からの原則義務化は撤回を」
*14 m3.com 医療維新→レポート「開業医はメリット「ない」多数、オン資確認のカードリーダー導入」
*16 共同通信2022年8月27日 配信「マイナカード予算、6千億円余剰 ポイント付与伸びず、期限延長も」
*17 神奈川県保険医協会 政策部長談話「受診を阻害し、医療現場を混乱させる健康保険証の廃止に反対する」(2022年7月22日発表)
「医療機関等における2023年4月からのオンライン資格確認システムの
導入の原則義務化」を規定した療担規則の改定の撤回を求める
神奈川県保険医協会
理事長 田辺 由紀夫
後藤厚労相(当時)は8月3日、骨太方針2022で示された「医療機関等における2023年4月からのオンライン資格確認システムの導入の原則義務化」等について中医協に諮問。中医協では8月3日、10日のたった2回で議論を終了し、10日のうちに厚労相に答申した (*1) 。答申では、原則義務化については「保険医療機関及び保険医療養担当規則」(以下「療担規則」)を改正して規定するとし、これを受けて9月5日には療担規則の改定が官報告示された (*2) 。施行日を2023年4月1日としている。
オンライン資格確認は医療現場・国民ともに必要としていないことが明白であり、原則義務化は現実社会の実態から遊離した施策である。それにも関わらず、厚労省をはじめオンライン資格確認を推進する政府・関係機関等のこの間の動向は、医療現場や国民を無視するばかりか、医療現場にシステム導入をさせるための過剰な圧力をかけるものであり、これ以上見過ごすことはできない。
本談話は、オンライン資格確認の義務化を楯に、医療機関へシステム導入を強いる数々の"暴挙"を明らかにし抗議するとともに、医療現場・国民ともに必要としていない根拠を示し、来年4月からの医療機関等に対するオンライン資格確認の原則義務化の撤回を求めるものである。以下に詳述する。
1.現実を無視した無謀なスケジュール/「義務化だから早く進めろ」一辺倒の"暴挙"
今回の療担規則の改定では、オンライン資格確認の原則義務化の例外対象を現在紙レセプトでの請求が認められている医療機関のみとしている。これにより9割を超える医療機関が義務化の対象となる (*3) 。
9月4日時点でオンライン資格確認の運用施設は、医科・歯科診療所ともに2割程度にとどまり、システム改修等が完了している施設も医科・歯科診療所ともに24%程度と非常に少ない (*4) 。またオンライン資格確認のシステムを構築するには、レセプトオンライン請求と同様の回線の整備が必要となるが、現時点で同回線の整備は医科診療所で73%、歯科では25%に留まる (*3) 。
コロナ禍や機材の供給不足、ベンダーの対応能力など状況を考えれば、約半年で残りの医療機関(医科・歯科診療所で計約12万件 (*3) )にシステム導入を義務付けることは非現実的であり無謀だ。それにも関わらず「義務なのだから早く進めろ」とばかりに医療現場に強制する厚労省や関係機関等の対応は"暴挙"としか言いようがない。
2.どさくさ紛れの省令改定で義務化を規定する"暴挙"/憲法41条を逸脱
オンライン資格確認は医療機関の窓口業務のみならず、患者の受診行動にも大きな変化や影響を及ぼす。なぜなら骨太方針2022では、オンライン資格確認の原則義務化から「将来的な保険証の廃止(=マイナンバーカードの保険証利用の原則化)」を一連の計画として示しているからだ (*5) 。よって今回の療担規則の改定内容は、医療機関のシステム整備に関する新たな規定という範疇を超え、国民の権利義務に関わる重要な課題を含むものと捉えるべきだ。
国民の権利義務に関わる事案については、国会での審議を経て法律で規定するのが原理原則である。それを省令改定という簡易な手続きで規定すること自体が"暴挙"であり、法律による行政の原理、国会を唯一の立法機関と定めた憲法41条を逸脱する。
また、中医協の答申は附帯意見として「2022年末頃に電子資格確認の導入状況を調査し、やむを得ない場合の必要な対応について、その期限も含め検討を行う」ことが盛り込まれた (*6) 。附帯意見を尊重するならば、年末の状況を見てから省令改定(官報告示)するのが筋である。それを待たず、新型コロナ感染の第7波により医療現場が疲弊・混乱する中での療担規則の改定は、どさくさ紛れの"暴挙"だと言わざるを得ない。
3.罰則として保険医療機関指定取消や個別指導を匂わす"暴言"/執拗なシステム導入催促の"暴挙"
8月24日に厚労省・三師会の合同で開かれたウェブ説明会では、厚労省保険局医療介護連携政策課長の水谷忠由氏より、医療機関が2023年4月の義務化に間に合わなかった場合の罰則として、保険医療機関の指定取り消しや個別指導を示唆する発言があった (*7) 。発言の趣旨がどうあれ、開業保険医にとっては脅しともとれる"暴言"であり、憤りを禁じ得ない。
この他にも、厚労省や支払基金等はこの間、オンライン資格確認の普及加速の取り組みとして、▽顔認証付きカードリーダーを注文していない医療機関への個別電話連絡、▽「医療機関等向けポータルサイト」へのアカウント登録を強要する簡易書留の送付 (*8) 、▽オンライン請求時に画面上に「オンライン資格確認の導入に関する検討状況をご回答ください」を付け、回答しないとオンライン請求画面に進むことができない――など、医療機関へシステム導入の催促を繰り返している。執拗なまでの催促(圧力)は医療現場に不安や混乱を与えるばかりか、診療や医院経営を妨害する"暴挙"でしかない。
4.増え続ける医療機関へのサイバー攻撃/ウイルス感染・情報漏洩のリスクと自己責任を強要する"暴挙"
昨今、サイバー攻撃による医療機関の被害は増加している。ランサムウエアへの感染により、多額の身代金の要求、長期間にわたる通常診療の停止等の被害報告もあり、医療現場は重大な問題だと受け止めている (*9)。
オンライン資格確認システムは電子カルテ等の医事システムとの接続を前提としていることから、患者の医療情報等が保存された医事システムが外部ネットワークと繋がり、常時オンライン接続されることになる。回線の種類がIP-VPN等の閉塞網とはいえ、ウイルス感染等による医療情報の漏洩リスクは各段に上がる。
すべての医療機関が高度なデジタル技術やセキュリティ体制を構築できるだけの予算・人材等を確保できる訳ではない。小規模事業者の診療所であれば尚更だ。それでもウイルス感染等により患者の医療情報が漏洩した場合、その責任は医療機関・院長にある。つまりオンライン資格確認の義務化とは、医療機関にリスクを押し付け、リスク発生時には医療機関に自己責任を強要する施策であり、"暴挙"以外の何ものでもない。
医療機関に限らず、サイバー攻撃は大きな社会問題と化している。直近では行政情報やオンライン申請等の窓口サービスを提供する日本政府のサイト「e-Gov」や地方税ポータルシステム「eLTAX」がサイバー攻撃(DDoS攻撃)により接続障害が生じた。
サイバー攻撃以外にも、公的機関のシステムの脆弱性が露呈される事象が頻発している。医療現場においては、今年の4月、5月の2カ月連続で社会保障診療報酬支払基金のオンライン請求システムに障害が発生し、延べ1万6千件の医療機関で診療報酬のオンライン請求が受け付けられないという事態が生じた (*10) 。この他、▽特別定額給付金や雇用調整助成金のオンライン申請でのシステム停止、▽新型コロナ感染者接触確認アプリ「COCOA」の不具合の長期間放置――など、数え上げたらキリがない。
この他にもauやNTTドコモ、NTT西日本など、通信障害が多発している。特に7月に起こったauの数日間にわたる通信障害では、物流関連、自動車関連、気象関連、銀行関連、交通関連など、社会インフラに多大な損害を及ぼした。
こうした状況で来年4月から概ねすべての医療機関がオンライン資格確認システムの運用を始めれば、システム障害等によるトラブルに巻き込まれることは必至である。オンラインでしか保険資格を確認できないような仕組みは、医療現場に多大な混乱を与えるばかりか、最悪の場合は医療提供体制を麻痺させる恐れもある。政府はオンライン資格確認の原則義務化をはじめとするデジタル施策を推進する前に、まずは足元のデジタル技術やセキュリティ技術を強化・向上させることを最優先の課題として取り組むべきである。
5.医療者・国民ともにオンライン資格確認は必要なし/現実社会から遊離した施策を医療現場に強制する"暴挙"
8月3日、10日の中医協の議論では、診療側委員から来年4月からの原則義務化に対して反対意見が出されなかった (*11) 。ただ、それが医療現場の総意だと受け止めてほしくない。
当会が7月に当会会員を対象に実施した実態・意識調査では、▽医科・歯科ともに8割超がオンライン資格確認を運用していないこと、▽6割超がオンライン資格確認の原則義務化に反対していること――が明らかとなった (*12) 。この傾向は当会会員に限らず、全国保険医団体連合会の調査でも同様の結果となっている (*13) 。
また、30万人以上の医師が登録する日本最大級の医療従事者専用サイト「m3.com」が開業医を対象に実施した意識調査では、オンライン資格確認の顔認証付きカードリーダー導入の医療機関側のメリットについて、「あまりない」・「ほとんどない」を合わせた回答が52.7%を占め、「かなりある」・「まあまあある」を合わせた回答31.3%を大幅に上回った (*14) 。
なによりも、現状でオンライン資格確認の運用医療機関が2割程度しかない事実こそ、医療現場がオンライン資格確認を有用・必要としていないことの証左である。
国民の側に目を向けても、オンライン資格確認(=マイナンバーカードの保険証利用)の有用性・必要性を感じている人はほとんどいない。
政府が実施中の「マイナポイント第2弾」によって、マイナンバーカードの取得率は47%まで到達したものの、保険証利用の登録は同カード所持者の3割程度にとどまっている(2022年9月4日時点)(*15) 。マイナポイント第2弾は申請期限が9月末だが、8月25日時点で6千億円もの余剰(執行率57%)が生じており、保険証利用の普及効果の低さを露呈している (*16) 。
また、今年5月分のマイナンバーカードの保険証利用はオンライン資格確認の運用件数全体の0.4%に過ぎず、運用利用機関が2割程度と考え合せれば患者1千人に1人程度しかいない。薬剤情報、特定健診情報の閲覧・診療利用は、オンライン資格確認の運用件数全体の1%にも満たない (*17) 。
こうした事実から、医療者・国民ともにオンライン資格確認を必要としていないことは明白だ。原則義務化は、現実社会の実態から遊離した施策を医療現場に強制する"暴挙"だと言える。
6.医療を人質としたマイナンバーカード取得強要の"暴挙"
骨太方針2022では、オンライン資格確認の原則義務化と一連の計画として、「2024年度中を目途に保険者による保険証発行の選択制の導入」、「将来的な保険証の原則廃止(=マイナンバーカードの保険証利用の原則化)」が明記された*5。
保険者による保険証発行の選択制が導入・実行されれば、保険者によるマイナンバーカードへの切り替え圧力が強まることが予想される。その結果、仕方なくマイナンバーカードを取得し保険証利用する被保険者(国民)が増えることになるだろう。いくら選択制とはいえ、取得を強要する社会風潮が醸成されれば、「マイナンバーカードなど作りたくない、携帯・使用したくない」と思う人の自己決定権や受療権の侵害にも繋がる。
保険証の原則廃止に至っては論外で、そもそも取得が任意のマイナンバーカードの利用を原則とするという理屈は非論理的だと言わざるを得ない。何よりも、マイナポイントなるバラマキ政策でカードの取得を誘う一方、保険証の廃止という強圧的な政策で取得を迫る「アメとムチ」の政治手法は、国民を愚弄した"暴挙"だと言わざるを得ない。
いずれにせよ、命と健康にかかわる医療を人質にするような手法でマイナンバーカードの取得を強要することは"暴挙"であり、断じて容認できない。
7.同床異夢の医療DX/医療費抑制・営利目的のデジタル化は断固反対
政府はオンライン資格確認の原則義務化について、「患者の医療情報を有効に活用して、安心・安全でより良い医療を提供していくための医療DXの基盤」と位置付けている。聞こえはいいが、医療DXやデータヘルス改革等の医療分野のデジタル施策は、立場によって同床異夢である。
医療界は迅速かつ正確な診療情報の連携、新薬や新たな治療法の開発など、医療・医学の発展、患者の健康・幸福に寄与することを目的としている。しかし、政府・財界の目的は、医療ビッグデータ利活用による医療費・社会保障費の抑制、医療情報の民間開放、医療情報の利活用による営利産業化など、経済政策という色合いが強い。
世界から高い評価を受けている日本の皆保険制度は、生存権を保障する憲法25条を基盤としており、公的な医療保障は国の責務である。また当然のことながら、医療は人命に関わる極めて公益性の高い事業であり非営利が原則である。この理念・原則に反し、医療費抑制や営利目的のために患者の医療情報の利活用を狙うデジタル化に対しては断固反対である。
8.最後に
医療情報とは機微性の高い個人情報である。ひとたび漏洩・流出し悪用された場合、その後の生活に多大な支障が生じる危険がある。医療のデジタル化を進めるにあたっては、その利点や効果にばかり目を向けるのではなく、個人情報保護に重きを置いて検討していかなくてはならない。
われわれ医師・歯科医師をはじめとする医療者は、診療で知り得た患者の個人情報の守秘義務が法律で課せられているが、それだけではない。古くから継承される職業倫理(ヒポクラテスの誓い)により、日頃から徹底した医療情報の管理、保護に努めている。
医療情報を漏洩のリスクに晒すようなオンライン資格確認に対して、当会はこれまでも問題点を再三指摘し、医療機関にシステム導入を強要する策動を牽制してきたが、9割超の医療機関への導入義務化などもっての外である。
志を同じくする多くの医師・歯科医師を代表し、「医療機関等における2023年4月からのオンライン資格確認システムの導入の原則義務化」を規定した療担規則の改定(2022年9月5日官報告示)の撤回を求める。
2022年9月15日
*1 厚生労働省 中央社会保険医療協議会 第527回総会(2022年8月10日開催)「個別改定項目について」
*2 令和4年9月5日 官報号外(第191号)「保険医療機関及び保険医療養担当規則及び保険薬局及び保険薬剤師療養担当規則の一部を改正する省令(厚生労働一二四)」(P.3-P.5)
*3 厚生労働省 第152回社会保障審議会医療保険部会(2022年8月19日開催)、資料2「オンライン資格確認等システムについて」15頁「(参考)レセプトの請求状況」
*4 厚生労働省ホームページ「オンライン資格確認の導入について(医療機関・薬局、システムベンダ向け)」→「オンラインシステムの導入状況(2022/9/4時点)」
*5 経済財政運営と改革の基本方針2022 新しい資本主義へ~課題解決を成長のエンジンに変え、持続可能な経済を実現~(2022年6月7日閣議決定)
*6 厚生労働省 第152回社会保障審議会医療保険部会(2022年8月19日開催)、資料2「オンライン資格確認等システムについて」22頁「答申書の附帯意見について」
*7 YouTube厚生労働省チャンネル「三師会・厚生労働省合同開催 オンライン資格確認の原則義務化に向けた医療機関・薬局向けオンライン説明会(2022年8月24日)」(39:42~40:50)
*8 オンライン資格確認・医療情報化支援基金関係 医療機関等向けポータルサイト「【お知らせ】医療機関等向けポータルサイトへのアカウント登録ご案内文書の郵送とアカウント登録について」
*9 つるぎ町立半田病院ホームページ「徳島県つるぎ町立半田病院 コンピュータウイルス感染事案有識者会議調査報告書について」
*10 社会保障診療報酬支払基金ホームページ「オンライン請求システムへ接続しにくい事象が発生した件について」
*11 厚生労働省 中央社会保険医療協議会・総会(第526回、第527回)
*12 神奈川県保険医協会ホームページ「6割超が原則義務化に反対/『オンライン資格確認に関する緊急アンケート』結果」
*13 全国保険医団体連合会ホームページ「オンライン資格確認 2023年4月からの原則義務化は撤回を」
*14 m3.com 医療維新→レポート「開業医はメリット「ない」多数、オン資確認のカードリーダー導入」
*16 共同通信2022年8月27日 配信「マイナカード予算、6千億円余剰 ポイント付与伸びず、期限延長も」
*17 神奈川県保険医協会 政策部長談話「受診を阻害し、医療現場を混乱させる健康保険証の廃止に反対する」(2022年7月22日発表)