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2017/2/3 政策部長談話 「医療情報の勝手な利活用の基盤『医療情報匿名加工・提供機関』制度化に反対する 不信感が募る、難解な全体構想での進展」
医療情報の勝手な利活用の基盤「医療情報匿名加工・提供機関」制度化に反対する
不信感が募る、難解な全体構想での進展
神奈川県保険医協会
政策部長 桑島 政臣
医療情報の集積・利活用のハブ、「医療情報匿名加工・提供機関」(以下「匿名加工機関」)の制度化に向け、政府は法案を3月に国会へ提出する方向で準備している。しかし、この制度化に向けた昨年末発表の骨格は内容が杜撰である。また厚労省の次世代型保健医療システムの構築をはじめ総務省、経済産業省など複数の官庁の医療・介護情報ICT化のプロジェクトと同期して動いており、患者・国民はもとより医療関係者にとっても構想の全体像が分かりにくい。埒外に置かれたまま事態が進展しており不信感が強い。われわれは、患者同意を不要とする医療情報の利活用の合法化、制度化に道を開く、この「匿名加工機関」の法制化に反対する。
◆医療情報の企業による自由な利活用を可能とする「医療情報匿名加工・提供機関」
「匿名加工機関」は昨年12月27日に発表された次世代医療ICT基盤協議会の「医療情報取扱制度調整ワーキンググループとりまとめ」(以下「とりまとめ」)で制度化の骨格が示された。これは、日本再興戦略2016で「代理機関」の名称で構想されてきたもの。医療機関から記名の情報を収集し、名寄せ処理し患者ごとにまとめ、生涯の情報を追跡可能とし、匿名加工処理し研究機関、製薬企業、ヘルスケア産業などに提供できるようにする。つまり、医療情報を第三者が利活用できるよう合法化した"医療情報のハブ"である。昨年4月以降、「非公開」で具体化が図られ、この3月上旬に法案を閣議決定し今国会に提出予定と短兵急だ。
一昨年の個人情報保護法改定により病歴等を含む個人情報は、「要配慮個人情報」と定義され個人同意の取得なしに第三者提供はできない。いわゆる名簿問屋等の不正売買対策がとられた。一方、非識別化の加工を図った「匿名加工情報」を定義、法定化し、グレーな法令違反や躊躇のない、企業の自由な利活用を認めた。この相反状況の下で、医療情報の利活用による経済成長等のため、国が「認定」した機関が医療情報を集積し、匿名加工情報を生成し第三者提供をすることが考案され、具体化が図られてきた、これが経緯である。
集積のため、散在する医療情報の本人同一性を担保するため、「医療等ID」が必須となる。よってその2018年始動、2020年度本格運用と、この「匿名加工機関」の運用は軌を一にしている。特定健診データとレセプトデータの突合率25%程度(名称記載不統一等による)との会計検査院の指摘が教訓化されている。
◆杜撰な次世代医療ICT基盤協議会の「とりまとめ」 疑問が尽きない制度骨格
「とりまとめ」で「匿名加工機関」は、複数の設立が想定され、運営主体には「企業」も想定されているが、「記名」の医療情報の「収集」が可能な法的根拠が不明確であり、これは問題が大きい。
また、医療機関等からの「匿名加工機関」への医療情報の提供についても、「方法論」が欠けており、「動機づけ」もなくなぜ提供するのか、医療機関に法的義務が課されるのか、任意の提供を促進する「仕掛け」を講じるのか、全く不明である。医療情報が集積される基本的なスキームが理解できないものとなっている。
当会は所管している内閣官房の健康・医療戦略室に照会をかけたが(2017年1月19日)、いずれも「記載されているとおり」と明確な回答がなく、この状況での法案提出は、あまりにも拙速で乱暴すぎる。
しかも「実名」の医療情報収集の制度構築でありながらその旨を明示的に記されていない点は、国民に大きく影響があるだけに、信義則を欠いている。
◆レセプトの目的外使用は本末転倒 審査・支払機関の組織改革が前提は論外
「とりまとめ」では、現在、利活用が可能な標準化されたデジタルデータは、診療行為の実施情報(インプット)のレセプトデータが「基本」であり、実施結果(アウトカム=検査結果、服薬情報等)の標準化デジタルデータの利活用は「課題」としている。実社会に即して考えれば、レセプトが集積されるのは審査・支払機関である。つまり医療機関が審査・支払機関へ診療報酬をレセプトで請求する、この仕組みの「転用」「流用」を予定していると考えるのが自然である。「とりまとめ」での方法論の欠如、性急さは合点がいく。
しかしレセプトは診療報酬の請求のみを「目的」とし、医療機関が作成する医療情報である。これ以外の利活用は目的外使用である。現在、「レセプト分析」と称し、保険者が目的外利用を公示することで患者の「黙示の同意」とみなし、利活用が行われているが、これ自体多くの国民は承知しておらず、問題を孕んでいる。この下で、これ以上に利活用の範囲を拡散し、患者の複数の記名情報を一生涯分、集積・連結し匿名加工により提供することは、プライバシー権の侵害、基本的人権の侵害であり問題が大きい。
「匿名加工機関」は、個人情報保護法の特例を設定し、患者同意なしで利活用を可能とする。しかも加工した情報は、研究機関や自治体、大学以外のヘルス・ケアサービス等の営利産業への提供が想定されている。医療に資する制度なら、その範囲内で完結するのが筋であり、営利産業での利用ありきの疑念が拭えない。
情報の漏洩・流出も不可避とされ、被害の「最小化」を図れる能力が認定の判断基準とされている。
患者側にオプトアウト(利活用の拒否権)は担保されるものの、実態的には関心は払われず殆どの患者は勝手に自身の医療情報が利活用されることになる。患者不在も甚だしい。
◆診療報酬のアウトカム評価は、アウトカムの集積が前提
審査・支払機関とは診療報酬支払基金、国保連合会である。レセプト以外も集積されており、前者は特定健診データ、後者は介護保険レセプト、出産育児一時金請求書、(今後は介護予防の地域支援事業の請求も)が集積されている。このシステムを通じ、「課題」であるアウトカムの集積が図られることになる。
今年に入り、塩崎厚労大臣は診療報酬のアウトカム評価に言及しているが、検査値や処方内容、手術成績などアウトカムの報告・集積を前提とする話である。2018年度改定で、点数項目の算定要件に検査値の記載などが盛り込まれる公算が高い。特定機能病院の電子カルテの標準化とデータ提出の承認要件化も検討中だ。、
ただ、「匿名加工機関」の役割を担うと目される審査・支払機関の組織改革には「黄信号」が灯っている。審査基準・業務の全国統一、一元化による支払基金等の各県支部廃止、中央への集約化、人員削減・省力化、組織機構の改変を狙った「データヘルス時代の質の高い医療の実現に向けた有識者検討会」の報告書(2017.1.12)は、両論併記で結論が先送りとなった。
これを踏まえ厚労省内に大臣を本部長に「データヘルス改革推進本部」が1月発足。審査・支払機関を「業務集団」から「頭脳集団」に改革しビッグデータのプラット・フォーム構築をする、と「有識者会議」での昨春の大臣挨拶と同じ「目的」が確認され始動。規制改革推進会議でも事態の頓挫に不満が噴出している。
地域の医療体制・医療実情を鑑みない一律的審査は医療現場を破壊するだけに、「有識者検討会」での日医をはじめ医療側委員の見識ある尽力は面目躍如である。報道では「匿名加工機関」は全国3カ所と挙げられている。NTTや富士通などのベンダーや、いわゆる「データ屋」などの可能性は低いと見られており、東大や京大が運営する「オンサイト・センター」などは、スケジュールとの関係で可能性がある。
◆「仕掛け作り」と「社会像作り」が同時進行の中で、医療者は置き去りに
「匿名加工機関」は、予定の法案略称「次世代医療基盤法案」のとおり、ICT活用による将来の医療の基盤と位置づいている。この医療情報の集積・加工の「仕掛け」作りが内閣官房により進められている一方で、この中核的「基盤」の上に載る「社会像」作りが各省で行われている、という関係にある。厚労省の「保健医療分野におけるICT活用推進懇談会」提言(2016.10.19)での「次世代型保健医療システム」はその一つであり、AI(人工知能)やビッグデータを利用し、「経験知」なども集積した"診療支援システム"の構築や、電子カルテ情報の集積と共有、開かれた医療情報の活用、いわゆるEHR(Electronic Health Record:医療施設を超えた診療情報の蓄積と利用)、PHR(personal health record:健康・医療情報の自己管理システム)が考えられている。
厚労省は更に、この延長線上の、「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会」の初会合を1月12日に開き、診断や治療、予防等でのAI活用に向けて議論を開始。「ディープラーニング」(深層学習)の開発基盤整備や、AIでの診療支援の質・安全性の確保策を検討し、今春に報告書をまとめると一瀉千里だ。この源流は「保健医療2035」提言書にあり、改革目標年が2025年から団塊ジュニアが全て65歳以上となる2035年に移動している。
しかし、これら複雑多岐、複層的な計画の進展は、その企図が隠され、ほとんどの医療関係者には理解がしがたく埒外に置かれている。拙速な計画の牽引は禁物である。
◆医療情報、個人情報が「売買」に 巧妙な個人情報の収集・管理システム
さすがに、「匿名加工機関」の制度化に、1月27日の自民党の関係部会合同会議で情報漏洩など懸念がだされている。が、それ以上に問題は医療情報の「売買」問題が絡んでくる点にある。「匿名加工機関」は、情報提供による対価、「利用料」で自律的に運営することが基本とされている。この「対価」の水準はもとより、医療情報が本人の預かり知らぬところで、匿名化とはいえ売買されていくことになる。
政府はいまIT戦略本部で「情報銀行」構想の議論を進めており、これとの連動、社会状況の変化の中での既定路線化も懸念される。「情報銀行」は、商品の購入履歴、金融資産、携帯電話の位置情報など個人情報やデータを本人同意のもと包括管理をし、情報を求める企業に匿名加工し提供する民間の事業。IT戦略本部の「データ流通環境整備検討会」で、ワーキンググループも置かれ検討が進んでいる。
個人が活用を許容する個人情報やデータの範囲、提供していい企業や業種を「情報銀行」に設定(預託)し、銀行は預託に基づいて情報提供する。企業はポイント特典やサービスを個人に還元する。企業と個人双方に利益があり、データ流通に個人の関与が強化されると、ふれ込んでいる。個人情報の自己コントロール権を逆手にとったような事業だが、裏を返せば、個人情報のビッグデータへの集積ツールである。
健康情報も、当然、該当する。この「情報銀行」と、「医療情報匿名加工・提供機関」は、重なり合い、場合によっては一体となる。橋渡しの関係でもある。データ取引市場の対象ともなる。
厚労省サイドは、AI、ICTの医療での活用に多大な期待をかけ未来図、「社会像」を描いているが、他省庁はビジネスモデル、成長戦略の一環で絵を描いている。医療ではワトソンなど人工知能が脚光を浴びているが、まだ発展途上であり、基礎データや知識、確度の高いデータの不足が識者から指摘されてもいる。
われわれは、プライバシー保護や基本的人権の侵害、医療者・患者不在で保険診療の瓦解を招きかねない、「匿名加工機関」の制度化に、改めて強く反対する。
2017年2月3日
*データ流通環境整備検討会「AI、IoT時代におけるデータ活用ワーキンググループ(第7回)」資料より
*第2回次世代医療ICT基盤協議会(2015.12.17)資料より 注)「代理機関」⇒「医療情報匿名加工・提供機関」
医療情報の勝手な利活用の基盤「医療情報匿名加工・提供機関」制度化に反対する
不信感が募る、難解な全体構想での進展
神奈川県保険医協会
政策部長 桑島 政臣
医療情報の集積・利活用のハブ、「医療情報匿名加工・提供機関」(以下「匿名加工機関」)の制度化に向け、政府は法案を3月に国会へ提出する方向で準備している。しかし、この制度化に向けた昨年末発表の骨格は内容が杜撰である。また厚労省の次世代型保健医療システムの構築をはじめ総務省、経済産業省など複数の官庁の医療・介護情報ICT化のプロジェクトと同期して動いており、患者・国民はもとより医療関係者にとっても構想の全体像が分かりにくい。埒外に置かれたまま事態が進展しており不信感が強い。われわれは、患者同意を不要とする医療情報の利活用の合法化、制度化に道を開く、この「匿名加工機関」の法制化に反対する。
◆医療情報の企業による自由な利活用を可能とする「医療情報匿名加工・提供機関」
「匿名加工機関」は昨年12月27日に発表された次世代医療ICT基盤協議会の「医療情報取扱制度調整ワーキンググループとりまとめ」(以下「とりまとめ」)で制度化の骨格が示された。これは、日本再興戦略2016で「代理機関」の名称で構想されてきたもの。医療機関から記名の情報を収集し、名寄せ処理し患者ごとにまとめ、生涯の情報を追跡可能とし、匿名加工処理し研究機関、製薬企業、ヘルスケア産業などに提供できるようにする。つまり、医療情報を第三者が利活用できるよう合法化した"医療情報のハブ"である。昨年4月以降、「非公開」で具体化が図られ、この3月上旬に法案を閣議決定し今国会に提出予定と短兵急だ。
一昨年の個人情報保護法改定により病歴等を含む個人情報は、「要配慮個人情報」と定義され個人同意の取得なしに第三者提供はできない。いわゆる名簿問屋等の不正売買対策がとられた。一方、非識別化の加工を図った「匿名加工情報」を定義、法定化し、グレーな法令違反や躊躇のない、企業の自由な利活用を認めた。この相反状況の下で、医療情報の利活用による経済成長等のため、国が「認定」した機関が医療情報を集積し、匿名加工情報を生成し第三者提供をすることが考案され、具体化が図られてきた、これが経緯である。
集積のため、散在する医療情報の本人同一性を担保するため、「医療等ID」が必須となる。よってその2018年始動、2020年度本格運用と、この「匿名加工機関」の運用は軌を一にしている。特定健診データとレセプトデータの突合率25%程度(名称記載不統一等による)との会計検査院の指摘が教訓化されている。
◆杜撰な次世代医療ICT基盤協議会の「とりまとめ」 疑問が尽きない制度骨格
「とりまとめ」で「匿名加工機関」は、複数の設立が想定され、運営主体には「企業」も想定されているが、「記名」の医療情報の「収集」が可能な法的根拠が不明確であり、これは問題が大きい。
また、医療機関等からの「匿名加工機関」への医療情報の提供についても、「方法論」が欠けており、「動機づけ」もなくなぜ提供するのか、医療機関に法的義務が課されるのか、任意の提供を促進する「仕掛け」を講じるのか、全く不明である。医療情報が集積される基本的なスキームが理解できないものとなっている。
当会は所管している内閣官房の健康・医療戦略室に照会をかけたが(2017年1月19日)、いずれも「記載されているとおり」と明確な回答がなく、この状況での法案提出は、あまりにも拙速で乱暴すぎる。
しかも「実名」の医療情報収集の制度構築でありながらその旨を明示的に記されていない点は、国民に大きく影響があるだけに、信義則を欠いている。
◆レセプトの目的外使用は本末転倒 審査・支払機関の組織改革が前提は論外
「とりまとめ」では、現在、利活用が可能な標準化されたデジタルデータは、診療行為の実施情報(インプット)のレセプトデータが「基本」であり、実施結果(アウトカム=検査結果、服薬情報等)の標準化デジタルデータの利活用は「課題」としている。実社会に即して考えれば、レセプトが集積されるのは審査・支払機関である。つまり医療機関が審査・支払機関へ診療報酬をレセプトで請求する、この仕組みの「転用」「流用」を予定していると考えるのが自然である。「とりまとめ」での方法論の欠如、性急さは合点がいく。
しかしレセプトは診療報酬の請求のみを「目的」とし、医療機関が作成する医療情報である。これ以外の利活用は目的外使用である。現在、「レセプト分析」と称し、保険者が目的外利用を公示することで患者の「黙示の同意」とみなし、利活用が行われているが、これ自体多くの国民は承知しておらず、問題を孕んでいる。この下で、これ以上に利活用の範囲を拡散し、患者の複数の記名情報を一生涯分、集積・連結し匿名加工により提供することは、プライバシー権の侵害、基本的人権の侵害であり問題が大きい。
「匿名加工機関」は、個人情報保護法の特例を設定し、患者同意なしで利活用を可能とする。しかも加工した情報は、研究機関や自治体、大学以外のヘルス・ケアサービス等の営利産業への提供が想定されている。医療に資する制度なら、その範囲内で完結するのが筋であり、営利産業での利用ありきの疑念が拭えない。
情報の漏洩・流出も不可避とされ、被害の「最小化」を図れる能力が認定の判断基準とされている。
患者側にオプトアウト(利活用の拒否権)は担保されるものの、実態的には関心は払われず殆どの患者は勝手に自身の医療情報が利活用されることになる。患者不在も甚だしい。
◆診療報酬のアウトカム評価は、アウトカムの集積が前提
審査・支払機関とは診療報酬支払基金、国保連合会である。レセプト以外も集積されており、前者は特定健診データ、後者は介護保険レセプト、出産育児一時金請求書、(今後は介護予防の地域支援事業の請求も)が集積されている。このシステムを通じ、「課題」であるアウトカムの集積が図られることになる。
今年に入り、塩崎厚労大臣は診療報酬のアウトカム評価に言及しているが、検査値や処方内容、手術成績などアウトカムの報告・集積を前提とする話である。2018年度改定で、点数項目の算定要件に検査値の記載などが盛り込まれる公算が高い。特定機能病院の電子カルテの標準化とデータ提出の承認要件化も検討中だ。、
ただ、「匿名加工機関」の役割を担うと目される審査・支払機関の組織改革には「黄信号」が灯っている。審査基準・業務の全国統一、一元化による支払基金等の各県支部廃止、中央への集約化、人員削減・省力化、組織機構の改変を狙った「データヘルス時代の質の高い医療の実現に向けた有識者検討会」の報告書(2017.1.12)は、両論併記で結論が先送りとなった。
これを踏まえ厚労省内に大臣を本部長に「データヘルス改革推進本部」が1月発足。審査・支払機関を「業務集団」から「頭脳集団」に改革しビッグデータのプラット・フォーム構築をする、と「有識者会議」での昨春の大臣挨拶と同じ「目的」が確認され始動。規制改革推進会議でも事態の頓挫に不満が噴出している。
地域の医療体制・医療実情を鑑みない一律的審査は医療現場を破壊するだけに、「有識者検討会」での日医をはじめ医療側委員の見識ある尽力は面目躍如である。報道では「匿名加工機関」は全国3カ所と挙げられている。NTTや富士通などのベンダーや、いわゆる「データ屋」などの可能性は低いと見られており、東大や京大が運営する「オンサイト・センター」などは、スケジュールとの関係で可能性がある。
◆「仕掛け作り」と「社会像作り」が同時進行の中で、医療者は置き去りに
「匿名加工機関」は、予定の法案略称「次世代医療基盤法案」のとおり、ICT活用による将来の医療の基盤と位置づいている。この医療情報の集積・加工の「仕掛け」作りが内閣官房により進められている一方で、この中核的「基盤」の上に載る「社会像」作りが各省で行われている、という関係にある。厚労省の「保健医療分野におけるICT活用推進懇談会」提言(2016.10.19)での「次世代型保健医療システム」はその一つであり、AI(人工知能)やビッグデータを利用し、「経験知」なども集積した"診療支援システム"の構築や、電子カルテ情報の集積と共有、開かれた医療情報の活用、いわゆるEHR(Electronic Health Record:医療施設を超えた診療情報の蓄積と利用)、PHR(personal health record:健康・医療情報の自己管理システム)が考えられている。
厚労省は更に、この延長線上の、「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会」の初会合を1月12日に開き、診断や治療、予防等でのAI活用に向けて議論を開始。「ディープラーニング」(深層学習)の開発基盤整備や、AIでの診療支援の質・安全性の確保策を検討し、今春に報告書をまとめると一瀉千里だ。この源流は「保健医療2035」提言書にあり、改革目標年が2025年から団塊ジュニアが全て65歳以上となる2035年に移動している。
しかし、これら複雑多岐、複層的な計画の進展は、その企図が隠され、ほとんどの医療関係者には理解がしがたく埒外に置かれている。拙速な計画の牽引は禁物である。
◆医療情報、個人情報が「売買」に 巧妙な個人情報の収集・管理システム
さすがに、「匿名加工機関」の制度化に、1月27日の自民党の関係部会合同会議で情報漏洩など懸念がだされている。が、それ以上に問題は医療情報の「売買」問題が絡んでくる点にある。「匿名加工機関」は、情報提供による対価、「利用料」で自律的に運営することが基本とされている。この「対価」の水準はもとより、医療情報が本人の預かり知らぬところで、匿名化とはいえ売買されていくことになる。
政府はいまIT戦略本部で「情報銀行」構想の議論を進めており、これとの連動、社会状況の変化の中での既定路線化も懸念される。「情報銀行」は、商品の購入履歴、金融資産、携帯電話の位置情報など個人情報やデータを本人同意のもと包括管理をし、情報を求める企業に匿名加工し提供する民間の事業。IT戦略本部の「データ流通環境整備検討会」で、ワーキンググループも置かれ検討が進んでいる。
個人が活用を許容する個人情報やデータの範囲、提供していい企業や業種を「情報銀行」に設定(預託)し、銀行は預託に基づいて情報提供する。企業はポイント特典やサービスを個人に還元する。企業と個人双方に利益があり、データ流通に個人の関与が強化されると、ふれ込んでいる。個人情報の自己コントロール権を逆手にとったような事業だが、裏を返せば、個人情報のビッグデータへの集積ツールである。
健康情報も、当然、該当する。この「情報銀行」と、「医療情報匿名加工・提供機関」は、重なり合い、場合によっては一体となる。橋渡しの関係でもある。データ取引市場の対象ともなる。
厚労省サイドは、AI、ICTの医療での活用に多大な期待をかけ未来図、「社会像」を描いているが、他省庁はビジネスモデル、成長戦略の一環で絵を描いている。医療ではワトソンなど人工知能が脚光を浴びているが、まだ発展途上であり、基礎データや知識、確度の高いデータの不足が識者から指摘されてもいる。
われわれは、プライバシー保護や基本的人権の侵害、医療者・患者不在で保険診療の瓦解を招きかねない、「匿名加工機関」の制度化に、改めて強く反対する。
2017年2月3日
*データ流通環境整備検討会「AI、IoT時代におけるデータ活用ワーキンググループ(第7回)」資料より
*第2回次世代医療ICT基盤協議会(2015.12.17)資料より 注)「代理機関」⇒「医療情報匿名加工・提供機関」