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2016/5/20 政策部長談話 「創設趣旨を逸脱、歪曲する産科医療補償制度の暴走を批判する 拙速な医療事故調査制度見直しとの連動を懸念」

創設趣旨を逸脱、歪曲する産科医療補償制度の暴走を批判する

拙速な医療事故調査制度見直しとの連動を懸念

神奈川県保険医協会

政策部長  桑島 政臣


 昨年10月施行の医療事故調査制度は、今年6月に法律の附則による「見直し」の検討期限となる。医師法21条の異状死を巡る改定提案などもでているが、制度推移の経過観察に止まるとの観測が大勢である。このような中、3月9日、日本産婦人科医会会長が、「原因分析全例の報告書を公表している産科医療補償制度をモデルに医療事故調査制度の改善を望む」と会見し、訴訟減少に寄与したと功績を誇っている。しかし、産科医療補償制度は創設の趣旨を逸脱、歪曲した制度設計であり、医療事故調査制度は原因分析を目的としたものではない。改めて、このことを指摘し産科医療補償制度の是正と、医療事故調査制度の理解の普及を広く求める。

◆ 脳性麻痺児の発症の「補償」が制度の本旨 カルテ提出強要は民間団体「機構」の越権

 産科医療補償制度は、福島県立大野病院での分娩事故への警察の介入という衝撃的事件を機に、医療界での産科からの敬遠、産科医不足が加速化し、この歯止めとし、過失の有無を不問とした無過失補償制度創設が強く求められ制度化に至ったものである。当時の与党、自民党の議論を経、厚労省社会保障制度審議会医療保険部会で創設が確認され、妊婦が掛金として負担する保険料相当分の出産育児一時金の引き上げ措置が講じられたのである。厚労省の委託を受けた民間が運営する、準公的性格を帯びた特異な制度となっている。

 この制度は、脳性麻痺児の発症に際し、経済的救済として20歳までに3,000万円を「補償」する制度である。分娩機関(産科医療機関、助産施設)が1分娩2万4千円(制度発足当初は3万円)の保険料を掛金として負担し制度に加入、民間団体の「日本医療機能評価機構」(以下、「機構」)が制度を運営、東京海上日動火災など4社と保険契約を結び保険金の管理・運用をする格好となっている。

 しかし、「補償」が目的でありながら、専門医による脳性麻痺の「診断書」では判定には足らず、産科医療機関からのカルテ等の提出を義務づけ、それを基に「機構」で「原因分析」を行い、診療ガイドラインを金科玉条とし「医療行為」の優劣の「評価」を加え、個別例の報告書を匿名公表するという「逸脱」を制度化している。しかも、このカルテの目的外利用による「原因分析」には分娩機関の事情聴取の機会はなく、報告書への分娩機関の反論権、説明権限を一切認めないという「異例」の非民主的運営となっている。

 現在、医療事故は「過失責任」の確定が前提の「賠償」責任保険でしか、経済的救済はなされない。そのことが、紛争増加の一因ともなっており、それにより医療機関と患者・患者家族、遺族の双方に過度で過重な、時間的、精神的、経済的負担を招いている。この解消を期した早期の制度創設が、本来の出発点である。

◆ 矛盾に満ちた「原因分析の解説」 損害賠償との調整を念頭に過失責任を認定 紛争の火種作り出す

 この4月に『産科医療補償制度 原因分析の解説 2016年4月改訂(第3版)』が制度加入の分娩機関に届いている。しかし、内容は矛盾に満ちている。原因分析は分娩機関の「過失の有無を判断するものではありません」としながら、「原因分析委員会」によってカルテ等を医学的観点で原因分析を行った結果、一般的医療からの著しい乖離や、「悪質」なケースは、「医療訴訟に精通した弁護士等」から構成される「調整検討委員会」に諮り、補償請求者(保護者)に通知する。「調整検討委員会」で分娩機関に「損害賠償責任」があると判断された場合、「機構」は分娩機関との間で、「補償金」と「損害賠償金」の調整を行うとなっている。

 つまり、医療訴訟のプロにより、過失の有無(=損害賠償責任)を判定するシステムが制度に組み込まれているということである。しかも、原因分析結果に不服があった場合に異議申し立て、再度の分析を行う仕組みがないとの旨を、堂々と「Q&A」に掲げているのである。

 「調整検討委員会」は、これまでに開催がされていない。つまり一般的医療からの著しい乖離や悪質例は、これまでにないということである。ただ、この原因分析委員会を出発点とする「調整」とは別の「調整」ルートもある。「補償」請求をした分娩機関で、保護者から損害賠償請求が起こされた際、分娩機関から「機構」に報告することとされており、機構の「補償金」と医師賠償責任保険等での「賠償金」との調整が、組み込まれている。この調整は、「機構」の審査課の職員が任に当たっている。

 この調整について、「機構」では、補償申請が行われずに、損害賠償請求が行われている事案が「一定数存在する」としている(H24.2.15産科医療補償制度運営員会資料)。無論、損害賠償の事実の報告がない補償申請や補償認定も想定されうる。訴訟と訴外の「紛争化」の事案の件数は「機構」では、実のところ把握はできていない。つまり、訴訟の減少は一概に言及できないのである。

◆ 紛争の火種作り出す 原因分析報告書 懸念が現実に 1/3は報告書送付後に紛争化

 医学的な解明が途上の脳性麻痺に関し、医療行為に限定したこの「原因分析」の「報告書」は、分娩機関、保護者双方に送られる。当初より、この報告書が訴訟、紛争に利用されることを医療界は非常に懸念しており、「補償金」の一時金600万円が裁判費用の原資となる可能性が高いと指摘をしていた。

 事実、「機構」の原因分析委員会の委員長も補償金の「金額が合計3,000万円と低額なため、家族には損害賠償請求を行う権利も残されている」(日本産婦人科学会雑誌(平成27,4月)P6、H27.8.7産科医療補償制度運営員会資料)と認めている。

 産科医不足の顕在化、医療崩壊の社会的認知の広がりなども背景にし、近年、医事関係訴訟は減少、産婦人科の訴訟も減少と沈静化している。

 これへ産科医療補償が寄与した部分は否定はしないが、懸念した問題は、実際はどうなのか。「補償」と「賠償」の「調整」の数字や、「原因分析報告書」の数字、送付後の賠償請求の数字は、年1回、運営委員会の資料でしかわからない。しかも累計で示されており、単年変化はすぐには判明しない。これを、単年変化で表(別表)にしてみると、昨年の賠償請求事案13件のうち10件(76.9%)は、原因報告書の送付後となっている。しかも、これまで累計で10件だったものが、昨年だけで一挙に10件と急増している。ちなみに2012年の賠償請求5件は全て原因分報告書の送付後である。また、これまでに訴外から訴訟に回ったとみられるものもある。

 累計でみても、損害賠償の実に1/3は、原因分析報告書の送付以降となっている。紛争の火種を作りだすし、紛争を誘発する制度との指摘は、外れていない。

◆ 人権無視の原因分析報告書「公開」、補償額の5,000万円への引き上げを

 原因分析報告書は、匿名の概要版が機構のホームページで公開され、「全文」は「マスキング」版とし手数料1,000円で誰でも入手ができる。機構は提供にあたり「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」に沿い、内部の研究倫理審査委員会での研究目的を審査、目的外利用の禁止、誓約書提出を要件づけている。が、公開、提供ともに保護者、分娩機関の事前の同意取得は全くない。「マスキング版」といえ個別性が高く識別の可能性は高いため、目的外利用で生じた実害の原状回復は不可能である。「機構」のこの人権感覚の欠落は甚だしく、一向に変わらない。そもそも、カルテの目的外利用をしている「機構」に、目的外利用云々をうたう資格はないのである。

 しかも、補償対象数を800人と過大に想定したため、800億円にのぼる剰余金が発生。批判を受け2015年以降に1分娩8,000円を機構からの保険料補填分とし解消するとしたが、約400人の補償実績から勘案し、毎年、補填分相当額の剰余金が生じ保険会社から返還されるという巧妙なカラクリとなっている。あるべき剰余金の解消策は補償額の増額であり2015年以降は5,000万円、過去分は1億円への引き上げが可能である。

◆ 国の医療事故調査制度は医療安全が目的 原因究明、責任追及が目的ではない

 医療法に定める「医療事故調査制度」の目的は、「医療安全のためであり、個人の責任追及ではない」(平子哲夫 ・厚労省医療安全調査室長:2016.3.5医療安全学会学術総会)。院内調査をベースに、関係者の非識別化を図り医療事故調査・支援センターに調査結果の報告をし、再発防止を目的とする制度である。医療事故の原因究明、責任追及、事故被害の補償のいずれも目的にしていない。WHOのドラフトガイドラインに沿い、複数の目的を制度化しないとしたものである。医療事故のシステムエラーを全国的に集積し、医療現場にフィードバックする仕組みであり、学習に重点が置かれている。それは決して懲罰化ではない。

 これを、産科医、助産師など医療者の人権無視を制度化した、産科医療補償保障制度と同列化し変質させてはならない。この正しい理解を、関係者に広く求めるとともに、医療事故全般に関する「無過失補償制度」の創設に向け、2013年6月以降、中断している厚労省の検討会の再開を強く望むものである。

2016年5月20日

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創設趣旨を逸脱、歪曲する産科医療補償制度の暴走を批判する

拙速な医療事故調査制度見直しとの連動を懸念

神奈川県保険医協会

政策部長  桑島 政臣


 昨年10月施行の医療事故調査制度は、今年6月に法律の附則による「見直し」の検討期限となる。医師法21条の異状死を巡る改定提案などもでているが、制度推移の経過観察に止まるとの観測が大勢である。このような中、3月9日、日本産婦人科医会会長が、「原因分析全例の報告書を公表している産科医療補償制度をモデルに医療事故調査制度の改善を望む」と会見し、訴訟減少に寄与したと功績を誇っている。しかし、産科医療補償制度は創設の趣旨を逸脱、歪曲した制度設計であり、医療事故調査制度は原因分析を目的としたものではない。改めて、このことを指摘し産科医療補償制度の是正と、医療事故調査制度の理解の普及を広く求める。

◆ 脳性麻痺児の発症の「補償」が制度の本旨 カルテ提出強要は民間団体「機構」の越権

 産科医療補償制度は、福島県立大野病院での分娩事故への警察の介入という衝撃的事件を機に、医療界での産科からの敬遠、産科医不足が加速化し、この歯止めとし、過失の有無を不問とした無過失補償制度創設が強く求められ制度化に至ったものである。当時の与党、自民党の議論を経、厚労省社会保障制度審議会医療保険部会で創設が確認され、妊婦が掛金として負担する保険料相当分の出産育児一時金の引き上げ措置が講じられたのである。厚労省の委託を受けた民間が運営する、準公的性格を帯びた特異な制度となっている。

 この制度は、脳性麻痺児の発症に際し、経済的救済として20歳までに3,000万円を「補償」する制度である。分娩機関(産科医療機関、助産施設)が1分娩2万4千円(制度発足当初は3万円)の保険料を掛金として負担し制度に加入、民間団体の「日本医療機能評価機構」(以下、「機構」)が制度を運営、東京海上日動火災など4社と保険契約を結び保険金の管理・運用をする格好となっている。

 しかし、「補償」が目的でありながら、専門医による脳性麻痺の「診断書」では判定には足らず、産科医療機関からのカルテ等の提出を義務づけ、それを基に「機構」で「原因分析」を行い、診療ガイドラインを金科玉条とし「医療行為」の優劣の「評価」を加え、個別例の報告書を匿名公表するという「逸脱」を制度化している。しかも、このカルテの目的外利用による「原因分析」には分娩機関の事情聴取の機会はなく、報告書への分娩機関の反論権、説明権限を一切認めないという「異例」の非民主的運営となっている。

 現在、医療事故は「過失責任」の確定が前提の「賠償」責任保険でしか、経済的救済はなされない。そのことが、紛争増加の一因ともなっており、それにより医療機関と患者・患者家族、遺族の双方に過度で過重な、時間的、精神的、経済的負担を招いている。この解消を期した早期の制度創設が、本来の出発点である。

◆ 矛盾に満ちた「原因分析の解説」 損害賠償との調整を念頭に過失責任を認定 紛争の火種作り出す

 この4月に『産科医療補償制度 原因分析の解説 2016年4月改訂(第3版)』が制度加入の分娩機関に届いている。しかし、内容は矛盾に満ちている。原因分析は分娩機関の「過失の有無を判断するものではありません」としながら、「原因分析委員会」によってカルテ等を医学的観点で原因分析を行った結果、一般的医療からの著しい乖離や、「悪質」なケースは、「医療訴訟に精通した弁護士等」から構成される「調整検討委員会」に諮り、補償請求者(保護者)に通知する。「調整検討委員会」で分娩機関に「損害賠償責任」があると判断された場合、「機構」は分娩機関との間で、「補償金」と「損害賠償金」の調整を行うとなっている。

 つまり、医療訴訟のプロにより、過失の有無(=損害賠償責任)を判定するシステムが制度に組み込まれているということである。しかも、原因分析結果に不服があった場合に異議申し立て、再度の分析を行う仕組みがないとの旨を、堂々と「Q&A」に掲げているのである。

 「調整検討委員会」は、これまでに開催がされていない。つまり一般的医療からの著しい乖離や悪質例は、これまでにないということである。ただ、この原因分析委員会を出発点とする「調整」とは別の「調整」ルートもある。「補償」請求をした分娩機関で、保護者から損害賠償請求が起こされた際、分娩機関から「機構」に報告することとされており、機構の「補償金」と医師賠償責任保険等での「賠償金」との調整が、組み込まれている。この調整は、「機構」の審査課の職員が任に当たっている。

 この調整について、「機構」では、補償申請が行われずに、損害賠償請求が行われている事案が「一定数存在する」としている(H24.2.15産科医療補償制度運営員会資料)。無論、損害賠償の事実の報告がない補償申請や補償認定も想定されうる。訴訟と訴外の「紛争化」の事案の件数は「機構」では、実のところ把握はできていない。つまり、訴訟の減少は一概に言及できないのである。

◆ 紛争の火種作り出す 原因分析報告書 懸念が現実に 1/3は報告書送付後に紛争化

 医学的な解明が途上の脳性麻痺に関し、医療行為に限定したこの「原因分析」の「報告書」は、分娩機関、保護者双方に送られる。当初より、この報告書が訴訟、紛争に利用されることを医療界は非常に懸念しており、「補償金」の一時金600万円が裁判費用の原資となる可能性が高いと指摘をしていた。

 事実、「機構」の原因分析委員会の委員長も補償金の「金額が合計3,000万円と低額なため、家族には損害賠償請求を行う権利も残されている」(日本産婦人科学会雑誌(平成27,4月)P6、H27.8.7産科医療補償制度運営員会資料)と認めている。

 産科医不足の顕在化、医療崩壊の社会的認知の広がりなども背景にし、近年、医事関係訴訟は減少、産婦人科の訴訟も減少と沈静化している。

 これへ産科医療補償が寄与した部分は否定はしないが、懸念した問題は、実際はどうなのか。「補償」と「賠償」の「調整」の数字や、「原因分析報告書」の数字、送付後の賠償請求の数字は、年1回、運営委員会の資料でしかわからない。しかも累計で示されており、単年変化はすぐには判明しない。これを、単年変化で表(別表)にしてみると、昨年の賠償請求事案13件のうち10件(76.9%)は、原因報告書の送付後となっている。しかも、これまで累計で10件だったものが、昨年だけで一挙に10件と急増している。ちなみに2012年の賠償請求5件は全て原因分報告書の送付後である。また、これまでに訴外から訴訟に回ったとみられるものもある。

 累計でみても、損害賠償の実に1/3は、原因分析報告書の送付以降となっている。紛争の火種を作りだすし、紛争を誘発する制度との指摘は、外れていない。

◆ 人権無視の原因分析報告書「公開」、補償額の5,000万円への引き上げを

 原因分析報告書は、匿名の概要版が機構のホームページで公開され、「全文」は「マスキング」版とし手数料1,000円で誰でも入手ができる。機構は提供にあたり「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」に沿い、内部の研究倫理審査委員会での研究目的を審査、目的外利用の禁止、誓約書提出を要件づけている。が、公開、提供ともに保護者、分娩機関の事前の同意取得は全くない。「マスキング版」といえ個別性が高く識別の可能性は高いため、目的外利用で生じた実害の原状回復は不可能である。「機構」のこの人権感覚の欠落は甚だしく、一向に変わらない。そもそも、カルテの目的外利用をしている「機構」に、目的外利用云々をうたう資格はないのである。

 しかも、補償対象数を800人と過大に想定したため、800億円にのぼる剰余金が発生。批判を受け2015年以降に1分娩8,000円を機構からの保険料補填分とし解消するとしたが、約400人の補償実績から勘案し、毎年、補填分相当額の剰余金が生じ保険会社から返還されるという巧妙なカラクリとなっている。あるべき剰余金の解消策は補償額の増額であり2015年以降は5,000万円、過去分は1億円への引き上げが可能である。

◆ 国の医療事故調査制度は医療安全が目的 原因究明、責任追及が目的ではない

 医療法に定める「医療事故調査制度」の目的は、「医療安全のためであり、個人の責任追及ではない」(平子哲夫 ・厚労省医療安全調査室長:2016.3.5医療安全学会学術総会)。院内調査をベースに、関係者の非識別化を図り医療事故調査・支援センターに調査結果の報告をし、再発防止を目的とする制度である。医療事故の原因究明、責任追及、事故被害の補償のいずれも目的にしていない。WHOのドラフトガイドラインに沿い、複数の目的を制度化しないとしたものである。医療事故のシステムエラーを全国的に集積し、医療現場にフィードバックする仕組みであり、学習に重点が置かれている。それは決して懲罰化ではない。

 これを、産科医、助産師など医療者の人権無視を制度化した、産科医療補償保障制度と同列化し変質させてはならない。この正しい理解を、関係者に広く求めるとともに、医療事故全般に関する「無過失補償制度」の創設に向け、2013年6月以降、中断している厚労省の検討会の再開を強く望むものである。

2016年5月20日

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