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2016/6/17 政策部長談話 「『不必要な受診』は患者負担の軽重とは無関係 窓口負担の解消は受診抑制、重症化を回避する最善策」
「不必要な受診」は患者負担の軽重とは無関係
窓口負担の解消は受診抑制、重症化を回避する最善策
神奈川県保険医協会
政策部長 桑島 政臣
小児医療費の助成制度は全国的な広がりを見せ、かつて20数年前は東京都新宿区だけだった、就学未満の通院・入院の無料化は、ほぼ100%の市町村で実施され隔世の感がある。しかも既に小学校卒業以上の無料化は通院で1,416市町村と全国の市町村の81.3%を占め、入院では実に1,662自治体と全国の95.5%に上る。中学卒以上の無料化でみても通院で1,268市町村、入院で1,489市町村と各々全国72.8%、85.5%と大勢になっている。
このような中、国は実施市町村へ国保への国庫補助金の減額措置、いわゆる「ペナルティー」を強いてきたが、この見直しがこの間、厚労省の検討会で議論が重ねられ、結論が年末へと先送りされている。市町村、都道府県の長年の努力・労苦に報いる結論を期待したい。ただ、議論の中で一部より、制度が不必要な受診を誘発、助長する旨が繰り返され、一部報道にもたびたび登場している。われわれは、この間の事実より、そのようなことは俗論、空論だと確信しており、医療現場を預かる者として、改めて反論をする。
◆不必要な受診の誘発は起きていない 夜間休日診療の子どもの件数は横ばい
小児医療費助成制度と絡めて、「不必要な受診」「コンビニ受診」の弊が、これまでもマスコミなどで登場してきた。確かに必要度の低い受診や、夜間・休日の緊急性の低い受診などはある。それは一見、制度との相関関係があるように見えるが、実のところ「因果関係」を示す根拠はなにもない。それどころか、事実はその考察、通念を否定している。
小児医療費助成の先進地、東京都は2007年10月と、早くから中学卒業までの無料化を実施している。年間に救急車の出動が75万件あり、毎年1万件程度増加しているが、中学卒までの年齢層は、小児医療費助成に影響されず、一貫して件数が横ばいである(東京消防庁)。また、平日夜間診療や、休日・全夜間診療の件数も制度拡充と連動はしておらず、拡充後減少し、2009年に新型インフルエンザで一時急増するものの、翌年は平年並みに急落し沈静化、減少傾向となっている(東京都『東京都における小児初期救急医療体制について』)。つまり、小児医療費助成制度は、「不必要な受診」「コンビニ受診」とは無関係である
◆意外にも患者負担に肯定的な医療者の意識 実は「感覚」的なもの
当会は、経済的理由による受診中断や受診抑制を解決するため「窓口負担ゼロ」を提唱し活動している。保険料を前払い(困窮者は免除)をしており、そのことで受診が保障されるという健康保険の本旨に立ち返ろうという話である。欧州各国で実現している社会に足並みをそろえることでもある。
「具合が悪くなったら、いつでも来てくださいね」、これは医療機関で医療者が患者さんにかける言葉である。しかし、意外にも小児医療費助成制度や、「窓口負担ゼロ」への「抵抗感」が強く、患者負担の「効用」への信念からか「肯定感」を強く持っているのは、医師、歯科医師などの医療者に多い。「不必要な受診」「コンビニ受診」の弊への共感も少なくない。
これを踏まえ当会の会員に2013年に実施した意識調査では、乳幼児医療費助成制度を全体で7割、小児科医では8割が肯定的に評価し、コンビニ受診の経験はあるものの自院での多発頻度は6%と低く、他院からの伝聞例では10%となるが、いずれも問題視するほどではない。また、休日急患診療所の当番医経験者の回答から、コンビニ受診は患者負担の軽重と無関係となっている。つまり頻度や数ではなく遭遇例の印象や極端な問題事例が、制度と結びつけて感覚的に流布され、「信念」のようになっているに過ぎない。
問題は助成制度ではない。医師と患者の間の関係にあり、解決の道は、医療者側の患者教育や、患者側の受診態度に求めることが筋となる。また核家族化により、病気の際の知恵や経験の蓄積など家庭力の弱体化による孤立化・不安化、ネット社会での医療情報の氾濫による混乱、非正規労働が4割超の社会での日中の受診の難しさなど、社会環境・社会構造の変化、社会背景へ視座を向けないと、非寛容さが募るだけである。
医師不足、地域偏在の煽りを受け閉鎖の危機にあった兵庫県立柏原病院の小児科を、コンビニ受診を控える・感謝の気持ち伝えるなど地元の母親たちの活動で存続させ、地元『丹波新聞』が一役買った話は教訓的である。
◆受診抑制は政府も実証 窓口負担解消は医療の潜在需要を回復
患者負担など経済的理由による受診抑制は政府機関の統計はじめ、各種機関の調査で明らかである。国立社会保障・人口問題研究所の調査(2012年)では、必要があるのに医療機関を受診しなかった国民は実に14.2%に上り、5年前の2%から急増しており、理由の多くは余力のない家計や多忙など暮らし向きの悪さによるものである。患者負担が2割となった1997年の平均給与467万円から、平均給与は408万円(2012年)へと60万円も減少(国税庁)しており、2003年の3割負担で患者負担の「過重感」は確実に増している。
小児を抱える家庭は若年層世代であり、なおさらだ。しかも必要度や緊急度が低い受診はあっても、「不必要な受診」などというものが、そもそも存在するのかどうか甚だ疑問である。
患者負担と受診の相関については戦前からの長瀬指数、長瀬式が有名であり、Y=1-1.6X+0.8X2(Y:医療費の逓減率、X:患者の負担率)で表される。いまも政府は用いており、3割負担だとY=0.592、つまり医療需要の6割弱しか満たせない、となる。患者負担は受診の「障壁」でしかない。
小児医療費助成制度は、都道府県や市町村の努力で、法定負担の3割や2割の部分を補填・助成し、窓口負担をゼロとし、患者負担により受診抑制となった潜在的医療需要を回復し、顕在化する役割を果たしている。それは早期発見、早期治療を促し、重症化を回避する社会的システムである。
この20数年の間、健康保険法の患者負担が増加してきたのとは逆に、小児医療費助成制度は大きく前進をしてきた。これは社会的な要請によるものである。
このマクロの話と、極一部の受療行動の問題例のミクロの話を混同し矮小化しては、本旨が歪む。「不必要な受診」の言説は、小児から成人一般、高齢者までの患者負担ゼロの社会を構想する上で、無用な混乱を生む。法定の患者負担は、現に患者が財源を負担しており、大きな欠損金、財源的な穴が開いているのではない。これを皆で分かち合うことは可能である。われわれは建設的な議論と言論を期待する。
2016年6月17日
「不必要な受診」は患者負担の軽重とは無関係
窓口負担の解消は受診抑制、重症化を回避する最善策
神奈川県保険医協会
政策部長 桑島 政臣
小児医療費の助成制度は全国的な広がりを見せ、かつて20数年前は東京都新宿区だけだった、就学未満の通院・入院の無料化は、ほぼ100%の市町村で実施され隔世の感がある。しかも既に小学校卒業以上の無料化は通院で1,416市町村と全国の市町村の81.3%を占め、入院では実に1,662自治体と全国の95.5%に上る。中学卒以上の無料化でみても通院で1,268市町村、入院で1,489市町村と各々全国72.8%、85.5%と大勢になっている。
このような中、国は実施市町村へ国保への国庫補助金の減額措置、いわゆる「ペナルティー」を強いてきたが、この見直しがこの間、厚労省の検討会で議論が重ねられ、結論が年末へと先送りされている。市町村、都道府県の長年の努力・労苦に報いる結論を期待したい。ただ、議論の中で一部より、制度が不必要な受診を誘発、助長する旨が繰り返され、一部報道にもたびたび登場している。われわれは、この間の事実より、そのようなことは俗論、空論だと確信しており、医療現場を預かる者として、改めて反論をする。
◆不必要な受診の誘発は起きていない 夜間休日診療の子どもの件数は横ばい
小児医療費助成制度と絡めて、「不必要な受診」「コンビニ受診」の弊が、これまでもマスコミなどで登場してきた。確かに必要度の低い受診や、夜間・休日の緊急性の低い受診などはある。それは一見、制度との相関関係があるように見えるが、実のところ「因果関係」を示す根拠はなにもない。それどころか、事実はその考察、通念を否定している。
小児医療費助成の先進地、東京都は2007年10月と、早くから中学卒業までの無料化を実施している。年間に救急車の出動が75万件あり、毎年1万件程度増加しているが、中学卒までの年齢層は、小児医療費助成に影響されず、一貫して件数が横ばいである(東京消防庁)。また、平日夜間診療や、休日・全夜間診療の件数も制度拡充と連動はしておらず、拡充後減少し、2009年に新型インフルエンザで一時急増するものの、翌年は平年並みに急落し沈静化、減少傾向となっている(東京都『東京都における小児初期救急医療体制について』)。つまり、小児医療費助成制度は、「不必要な受診」「コンビニ受診」とは無関係である
◆意外にも患者負担に肯定的な医療者の意識 実は「感覚」的なもの
当会は、経済的理由による受診中断や受診抑制を解決するため「窓口負担ゼロ」を提唱し活動している。保険料を前払い(困窮者は免除)をしており、そのことで受診が保障されるという健康保険の本旨に立ち返ろうという話である。欧州各国で実現している社会に足並みをそろえることでもある。
「具合が悪くなったら、いつでも来てくださいね」、これは医療機関で医療者が患者さんにかける言葉である。しかし、意外にも小児医療費助成制度や、「窓口負担ゼロ」への「抵抗感」が強く、患者負担の「効用」への信念からか「肯定感」を強く持っているのは、医師、歯科医師などの医療者に多い。「不必要な受診」「コンビニ受診」の弊への共感も少なくない。
これを踏まえ当会の会員に2013年に実施した意識調査では、乳幼児医療費助成制度を全体で7割、小児科医では8割が肯定的に評価し、コンビニ受診の経験はあるものの自院での多発頻度は6%と低く、他院からの伝聞例では10%となるが、いずれも問題視するほどではない。また、休日急患診療所の当番医経験者の回答から、コンビニ受診は患者負担の軽重と無関係となっている。つまり頻度や数ではなく遭遇例の印象や極端な問題事例が、制度と結びつけて感覚的に流布され、「信念」のようになっているに過ぎない。
問題は助成制度ではない。医師と患者の間の関係にあり、解決の道は、医療者側の患者教育や、患者側の受診態度に求めることが筋となる。また核家族化により、病気の際の知恵や経験の蓄積など家庭力の弱体化による孤立化・不安化、ネット社会での医療情報の氾濫による混乱、非正規労働が4割超の社会での日中の受診の難しさなど、社会環境・社会構造の変化、社会背景へ視座を向けないと、非寛容さが募るだけである。
医師不足、地域偏在の煽りを受け閉鎖の危機にあった兵庫県立柏原病院の小児科を、コンビニ受診を控える・感謝の気持ち伝えるなど地元の母親たちの活動で存続させ、地元『丹波新聞』が一役買った話は教訓的である。
◆受診抑制は政府も実証 窓口負担解消は医療の潜在需要を回復
患者負担など経済的理由による受診抑制は政府機関の統計はじめ、各種機関の調査で明らかである。国立社会保障・人口問題研究所の調査(2012年)では、必要があるのに医療機関を受診しなかった国民は実に14.2%に上り、5年前の2%から急増しており、理由の多くは余力のない家計や多忙など暮らし向きの悪さによるものである。患者負担が2割となった1997年の平均給与467万円から、平均給与は408万円(2012年)へと60万円も減少(国税庁)しており、2003年の3割負担で患者負担の「過重感」は確実に増している。
小児を抱える家庭は若年層世代であり、なおさらだ。しかも必要度や緊急度が低い受診はあっても、「不必要な受診」などというものが、そもそも存在するのかどうか甚だ疑問である。
患者負担と受診の相関については戦前からの長瀬指数、長瀬式が有名であり、Y=1-1.6X+0.8X2(Y:医療費の逓減率、X:患者の負担率)で表される。いまも政府は用いており、3割負担だとY=0.592、つまり医療需要の6割弱しか満たせない、となる。患者負担は受診の「障壁」でしかない。
小児医療費助成制度は、都道府県や市町村の努力で、法定負担の3割や2割の部分を補填・助成し、窓口負担をゼロとし、患者負担により受診抑制となった潜在的医療需要を回復し、顕在化する役割を果たしている。それは早期発見、早期治療を促し、重症化を回避する社会的システムである。
この20数年の間、健康保険法の患者負担が増加してきたのとは逆に、小児医療費助成制度は大きく前進をしてきた。これは社会的な要請によるものである。
このマクロの話と、極一部の受療行動の問題例のミクロの話を混同し矮小化しては、本旨が歪む。「不必要な受診」の言説は、小児から成人一般、高齢者までの患者負担ゼロの社会を構想する上で、無用な混乱を生む。法定の患者負担は、現に患者が財源を負担しており、大きな欠損金、財源的な穴が開いているのではない。これを皆で分かち合うことは可能である。われわれは建設的な議論と言論を期待する。
2016年6月17日