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2016/10/7 地域医療対策部長談話 「『介護離職ゼロ』と矛盾する介護保険2割負担・給付縮小に反対する 水泡に帰す家族介護からの脱却、介護の社会化と幻想の惨禍」
「介護離職ゼロ」と矛盾する介護保険2割負担・給付縮小に反対する
水泡に帰す家族介護からの脱却、介護の社会化と幻想の惨禍
神奈川県保険医協会
地域医療対策部長 鈴木 悦朗
2018年度実施の介護保険の制度改革に向け、社会保障制度審議会・介護保険部会で議論が重ねられている。本年末に結論づけられるが、利用者の2割負担の対象拡大、軽度の要介護者の生活援助サービス(掃除・洗濯・調理)の保険外しなど、利用者負担の過重化と給付縮小が大きな方向となっている。これらは、結果的に要介護者世帯の経済的負担を増し、家族介護への依存度をより高めることとなる。政府が急遽掲げた「看板」政策、「介護離職ゼロ」と完全に矛盾する。われわれは、負担増・給付縮小に反対するとともに、路線転換を図り、制度創設当初の理念、家族介護依存からの脱却、24時間在宅介護を可能とする施策を強く求める。
◆介護心中、家族介護の脱却に背反する出発 願いに離反し続ける制度改革という名の詐術
介護保険は、「介護心中」、「介護殺人」の社会問題化を背景に誕生した。とりわけ、労働組合「連合」の実態調査(1994年)により介護する家族にとって金銭的負担以外に、精神的・肉体的負担が大きく、要介護者に対して「憎しみを感じる」割合が34.6%、介護者の半数が世話の放棄や暴力、暴言など虐待経験があるとのショッキングな事実が明るみ 1) となるなど、介護の社会化、家族介護依存からの脱却が、社会的に強く要請される中、創設されたものである。
よって、創設の起点となる、公的介護保障制度の創設を求めた、厚生省の「高齢者介護・自立支援システム研究会報告」(94.12)(以下「研究会報告」)にも、その旨が盛り込まれたのである。
しかしながら、出来上がった制度は社会保障方式(公費財源)ではなく、社会保険方式(保険料と公費の複合)の採用、要介護認定、現物給付ではないサービス費用の支給、米国のマネージド・ケアに倣った給付管理、要介護度別の利用限度額(区分支給限度基準額)の設定、利用料1割負担、混合介護の容認となった。しかも制度の財源規模も、2000年の制度創設時で必要な給付規模の6割程度を満たすに過ぎず、ここを「出発点」として以降、数次の制度改定、介護報酬改定が重ねられてきたのである。
制度改定は「要介護1」を「要支援2」とするランクの切り下げや、施設給付から「居住費」「食費」と詐称した「保険外し」、要支援サービスを介護保険から切り離して低廉な市町村事業への移譲、施設入居サービスを「要介護3」以上とする限定、年金収入280万円以上の利用料2割負担への引き上げ―と給付範囲の縮小である。介護報酬改定は3年ごとの実績は▲2.3%、▲2.4%、3.0%、1.2%、▲2.27%でマイナス基調であり、5回の改定で累計▲2.86%と、制度当初の介護報酬水準を下回っている。つまり介護サービスの質が担保されず、介護事業所の労働強化、経営難ならびに介護サービスの質の劣化を招来することは必定となる。昨今の報道に見る介護施設での虐待、介護事業所の職員の離職・定着の悪さは、想定された帰結である。
◆介護ストレス、要介護者への憎しみ感情 介護保険導入でも割合は変わらず 家族介護依存は前提に
「研究会報告」では、新たな介護システムで家族の最大の役割は要介護者の「精神的な支え」に限定されていたが、それは幻想で終わっている。「連合」の最近の調査 2) では、現在、介護者の中心的担い手の約3/4(77.5%)は「子またはその配偶者」であり、配偶者の14.3%と併せて9割を占める。その平均年齢は53.1歳である。また要介護者の半数近くは80歳代が占め、90歳以上も14%おり平均年齢は81.5歳となっている。
介護にストレスを感じる人は8割、憎しみを感じる人が3割超と当初調査から20年経ても変わっておらず、介護保険で他者が自宅に入る変化があっても、虐待経験は1割強と依然と存在する。家族の負担は軽減されていない。介護者支援で充実を希望する制度・サービスとして「緊急時の相談・支援体制の充実」(34.5%)、「生活援助の介護保険範囲の拡大」(27.4%)、「低所得世帯向けの介護費用の助成」(26.1%)、「夜間などヘルパーの柔軟な利用促進」(23.1%)、「介護者が休養できる保険制度の新設」(22.8%)と、切実である。
◆利用者負担という軛(くびき) 給付上限までサービスは利用できず 重い2割負担
これに利用者負担の問題が重なる。連合の調査では介護保険への満足が60.8%と評価はある一方、35.4%は不満を示しており、その理由の筆頭は「自己負担額が大きい」(45.6%)ことである。次いで、(サービスに)「事情や希望に対応したものが少ない」(36.8%)、「施設にすぐ入所できない」(32.1%)、「介護保険のサービスが限られている」(31.5%)、「サービスの利用限度額が低い」(28.8%)と給付範囲の問題に集中する。
利用者負担は、ホームへルプサービスの有料化での利用減少の実例も引きながら、当初よりサービス利用抑制の「枷」として指摘されてきた。よって、制度開始時は5%負担、非営利NPO法人のサービスは3%負担との「政治的配慮」もなされてきた。
この利用者負担は、要介護度別の給付上限(=区分支給限度基準額)の先例といわれた米国のマネージド・ケアにも存在しない。しかし、介護保険では区分支給限度基準額と利用者負担の「合わせ技」がセットされたため、「限度額」いっぱいまでは使うことができず、利用率は最大で6割に過ぎないのである 3) 。
2015年8月より、一定所得(単身280万円、2人以上346万円)以上は2割と倍加されたが、決して容易ではない。被保険者の上位20%に該当する水準としているが、現在5割超となった「老老介護」世帯 4) にとっても過重な負担である。「"裕福"なはずの私の収入でも、危ない」と、元大手新聞社35年勤務でも「持ち家」ではないと苦しいと、その家計の実情と介護の実態を、パーキンソン病ヤール重症度Ⅴで要介護5の当事者がジャーナリスト魂を発揮し渾身のルポ6) に描いている。
この利用者2割負担の対象を更に拡大し原則とすることや、高額介護サービス費(負担上限)の4万4千円への引き上げ(現在、一般3万7,200円)、福祉用具貸与の原則全額負担化(一部補助)、要介護1、2の生活援助サービスの原則全額負担化(一部補助)などが介護保険部会で議論されている。並行して後期高齢者医療の患者負担の1割から2割への引き上げも医療保険部会で検討されている。「地獄の沙汰も金次第」である。
◆弥縫策に終止符を 介護保障の充実は所得再分配政策 福祉は経済を活かす
要介護者となる高齢者世帯は1,271万世帯(全世帯の25.2%)で半分は単身世帯である。年収は297.3万円で家計が「苦しい」は6割弱を占める 5) 。また毎月の消費支出246,085円を可処分所得187,098円(税込収入217,412円)では賄えず、差額分58,986円を金融資産の取り崩しで賄っている 7) 。保健医療の支出構成比は6.1%と全世帯平均の1.39倍と高いが、1万5千円に満たない 7) 。利用者負担の限度(高額介護費)は1万5千円と同水準であり、償還払い制度のため、先に見た利用率6割は利用者にとっての「限界点」である。
2025年には高齢者世帯の約7割を「1人暮らし・高齢夫婦のみ世帯」が占めると見込まれ、一人暮らしは著増し700万世帯で35%に達すると推計されている 8) 。家族介護も幻想となる。
そもそも介護保険は、単なる福祉立法ではなく 9) 、「老人保健法の延命策」(滝上宗次郎氏) 10) であり、その後、高齢者医療制度は二木立氏が予想した通り、患者負担の定額から定率負担への変更、個人単位保険料徴収へ 11) と展開を辿っている。
介護保険は弥縫策と迷走を重ねに重ね続け、いま2割負担の拡充と、給付範囲の縮小により、介護保障の破綻に突き進もうとしている感じが強い
介護保険・介護保障政策の重視、給付拡充は、介護分野への所得移転、所得の再配分である。立派な経済政策、成長戦略である。介護保障充実はこの国の喫緊の課題である。福祉は経済を活かす、である。
われわれは、この介護保険の負担増・給付縮小路線に断固反対する。
2016年10月7日
1) 連合「要介護者を抱える家族についての実態調査」(1994年)
2) 連合「要介護者を介護する人の意識と実態に関する調査」(2014年)
3) 厚労省HP介護保険制度の概要 介護保険とは(「公的介護保険制度の現状と今後の役割」)
5) 同「平成27年版」
6) 柳博雄『老夫婦が壊される 老老介護の地獄度と、劣化する社会保障』(三五館)
7) 総務省統計局平成26年「統計からみた我が国の高齢者(65歳以上)」
8) 社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計」(H25.2.28)
「介護離職ゼロ」と矛盾する介護保険2割負担・給付縮小に反対する
水泡に帰す家族介護からの脱却、介護の社会化と幻想の惨禍
神奈川県保険医協会
地域医療対策部長 鈴木 悦朗
2018年度実施の介護保険の制度改革に向け、社会保障制度審議会・介護保険部会で議論が重ねられている。本年末に結論づけられるが、利用者の2割負担の対象拡大、軽度の要介護者の生活援助サービス(掃除・洗濯・調理)の保険外しなど、利用者負担の過重化と給付縮小が大きな方向となっている。これらは、結果的に要介護者世帯の経済的負担を増し、家族介護への依存度をより高めることとなる。政府が急遽掲げた「看板」政策、「介護離職ゼロ」と完全に矛盾する。われわれは、負担増・給付縮小に反対するとともに、路線転換を図り、制度創設当初の理念、家族介護依存からの脱却、24時間在宅介護を可能とする施策を強く求める。
◆介護心中、家族介護の脱却に背反する出発 願いに離反し続ける制度改革という名の詐術
介護保険は、「介護心中」、「介護殺人」の社会問題化を背景に誕生した。とりわけ、労働組合「連合」の実態調査(1994年)により介護する家族にとって金銭的負担以外に、精神的・肉体的負担が大きく、要介護者に対して「憎しみを感じる」割合が34.6%、介護者の半数が世話の放棄や暴力、暴言など虐待経験があるとのショッキングな事実が明るみ 1) となるなど、介護の社会化、家族介護依存からの脱却が、社会的に強く要請される中、創設されたものである。
よって、創設の起点となる、公的介護保障制度の創設を求めた、厚生省の「高齢者介護・自立支援システム研究会報告」(94.12)(以下「研究会報告」)にも、その旨が盛り込まれたのである。
しかしながら、出来上がった制度は社会保障方式(公費財源)ではなく、社会保険方式(保険料と公費の複合)の採用、要介護認定、現物給付ではないサービス費用の支給、米国のマネージド・ケアに倣った給付管理、要介護度別の利用限度額(区分支給限度基準額)の設定、利用料1割負担、混合介護の容認となった。しかも制度の財源規模も、2000年の制度創設時で必要な給付規模の6割程度を満たすに過ぎず、ここを「出発点」として以降、数次の制度改定、介護報酬改定が重ねられてきたのである。
制度改定は「要介護1」を「要支援2」とするランクの切り下げや、施設給付から「居住費」「食費」と詐称した「保険外し」、要支援サービスを介護保険から切り離して低廉な市町村事業への移譲、施設入居サービスを「要介護3」以上とする限定、年金収入280万円以上の利用料2割負担への引き上げ―と給付範囲の縮小である。介護報酬改定は3年ごとの実績は▲2.3%、▲2.4%、3.0%、1.2%、▲2.27%でマイナス基調であり、5回の改定で累計▲2.86%と、制度当初の介護報酬水準を下回っている。つまり介護サービスの質が担保されず、介護事業所の労働強化、経営難ならびに介護サービスの質の劣化を招来することは必定となる。昨今の報道に見る介護施設での虐待、介護事業所の職員の離職・定着の悪さは、想定された帰結である。
◆介護ストレス、要介護者への憎しみ感情 介護保険導入でも割合は変わらず 家族介護依存は前提に
「研究会報告」では、新たな介護システムで家族の最大の役割は要介護者の「精神的な支え」に限定されていたが、それは幻想で終わっている。「連合」の最近の調査 2) では、現在、介護者の中心的担い手の約3/4(77.5%)は「子またはその配偶者」であり、配偶者の14.3%と併せて9割を占める。その平均年齢は53.1歳である。また要介護者の半数近くは80歳代が占め、90歳以上も14%おり平均年齢は81.5歳となっている。
介護にストレスを感じる人は8割、憎しみを感じる人が3割超と当初調査から20年経ても変わっておらず、介護保険で他者が自宅に入る変化があっても、虐待経験は1割強と依然と存在する。家族の負担は軽減されていない。介護者支援で充実を希望する制度・サービスとして「緊急時の相談・支援体制の充実」(34.5%)、「生活援助の介護保険範囲の拡大」(27.4%)、「低所得世帯向けの介護費用の助成」(26.1%)、「夜間などヘルパーの柔軟な利用促進」(23.1%)、「介護者が休養できる保険制度の新設」(22.8%)と、切実である。
◆利用者負担という軛(くびき) 給付上限までサービスは利用できず 重い2割負担
これに利用者負担の問題が重なる。連合の調査では介護保険への満足が60.8%と評価はある一方、35.4%は不満を示しており、その理由の筆頭は「自己負担額が大きい」(45.6%)ことである。次いで、(サービスに)「事情や希望に対応したものが少ない」(36.8%)、「施設にすぐ入所できない」(32.1%)、「介護保険のサービスが限られている」(31.5%)、「サービスの利用限度額が低い」(28.8%)と給付範囲の問題に集中する。
利用者負担は、ホームへルプサービスの有料化での利用減少の実例も引きながら、当初よりサービス利用抑制の「枷」として指摘されてきた。よって、制度開始時は5%負担、非営利NPO法人のサービスは3%負担との「政治的配慮」もなされてきた。
この利用者負担は、要介護度別の給付上限(=区分支給限度基準額)の先例といわれた米国のマネージド・ケアにも存在しない。しかし、介護保険では区分支給限度基準額と利用者負担の「合わせ技」がセットされたため、「限度額」いっぱいまでは使うことができず、利用率は最大で6割に過ぎないのである 3) 。
2015年8月より、一定所得(単身280万円、2人以上346万円)以上は2割と倍加されたが、決して容易ではない。被保険者の上位20%に該当する水準としているが、現在5割超となった「老老介護」世帯 4) にとっても過重な負担である。「"裕福"なはずの私の収入でも、危ない」と、元大手新聞社35年勤務でも「持ち家」ではないと苦しいと、その家計の実情と介護の実態を、パーキンソン病ヤール重症度Ⅴで要介護5の当事者がジャーナリスト魂を発揮し渾身のルポ6) に描いている。
この利用者2割負担の対象を更に拡大し原則とすることや、高額介護サービス費(負担上限)の4万4千円への引き上げ(現在、一般3万7,200円)、福祉用具貸与の原則全額負担化(一部補助)、要介護1、2の生活援助サービスの原則全額負担化(一部補助)などが介護保険部会で議論されている。並行して後期高齢者医療の患者負担の1割から2割への引き上げも医療保険部会で検討されている。「地獄の沙汰も金次第」である。
◆弥縫策に終止符を 介護保障の充実は所得再分配政策 福祉は経済を活かす
要介護者となる高齢者世帯は1,271万世帯(全世帯の25.2%)で半分は単身世帯である。年収は297.3万円で家計が「苦しい」は6割弱を占める 5) 。また毎月の消費支出246,085円を可処分所得187,098円(税込収入217,412円)では賄えず、差額分58,986円を金融資産の取り崩しで賄っている 7) 。保健医療の支出構成比は6.1%と全世帯平均の1.39倍と高いが、1万5千円に満たない 7) 。利用者負担の限度(高額介護費)は1万5千円と同水準であり、償還払い制度のため、先に見た利用率6割は利用者にとっての「限界点」である。
2025年には高齢者世帯の約7割を「1人暮らし・高齢夫婦のみ世帯」が占めると見込まれ、一人暮らしは著増し700万世帯で35%に達すると推計されている 8) 。家族介護も幻想となる。
そもそも介護保険は、単なる福祉立法ではなく 9) 、「老人保健法の延命策」(滝上宗次郎氏) 10) であり、その後、高齢者医療制度は二木立氏が予想した通り、患者負担の定額から定率負担への変更、個人単位保険料徴収へ 11) と展開を辿っている。
介護保険は弥縫策と迷走を重ねに重ね続け、いま2割負担の拡充と、給付範囲の縮小により、介護保障の破綻に突き進もうとしている感じが強い
介護保険・介護保障政策の重視、給付拡充は、介護分野への所得移転、所得の再配分である。立派な経済政策、成長戦略である。介護保障充実はこの国の喫緊の課題である。福祉は経済を活かす、である。
われわれは、この介護保険の負担増・給付縮小路線に断固反対する。
2016年10月7日
1) 連合「要介護者を抱える家族についての実態調査」(1994年)
2) 連合「要介護者を介護する人の意識と実態に関する調査」(2014年)
3) 厚労省HP介護保険制度の概要 介護保険とは(「公的介護保険制度の現状と今後の役割」)
5) 同「平成27年版」
6) 柳博雄『老夫婦が壊される 老老介護の地獄度と、劣化する社会保障』(三五館)
7) 総務省統計局平成26年「統計からみた我が国の高齢者(65歳以上)」
8) 社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計」(H25.2.28)