神奈川県保険医協会とは
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2019/5/14 政策部長談話 「自由診療ツーリズム病院の『数値的』ルール化は慎重に 万博をはじめ全国波及の一穴への連動を危惧する」
自由診療ツーリズム病院の「数値的」ルール化は慎重に
万博をはじめ全国波及の一穴への連動を危惧する
神奈川県保険医協会
政策部長 桑島 政臣
◆葵会の「再検討」は断念にあらず 捲土重来、全国波及は要注意
昨年来、県下はじめ医療界で問題となっていた川崎市南部の病床過剰圏での、医療法人社団・葵会による自由診療の外国人専用医療ツーリズム病院の開設計画は、2月28日に葵会より川崎市長あてに計画の「再検討」の旨、文書が提出された。事実上の「凍結」と解されているが、これは「断念」ではなく再燃含みである。近く、関係の検討会で地域医療との調和のルールを作る運びとなるが、数値的なルールは、再燃の火種となり全国波及の懸念が強い。政治の影も色濃く、2025年の万博との関連もあるとの観測もされつつある。われわれは、何等かのルール化は必要と考えるが、初回の検討会でだされた公準程度にとどめ、数値的なルール化には慎重を期すべきと考える。そのことを求めたい。
◆政治問題化で一転、利益相反も問題化 政務官「地域医療に支障のない範囲」と答弁
実は、葵会の「再検討」通知の前日、2月27日、国会の予算委員会で早稲田夕季衆院議員(立憲)がこの問題を追及している。答弁に立った新谷厚労大臣政務官は、①地元の反発・混乱は承知していない、②地元の関係会議での十分な議論が大事、③医療ツーリズムは地域医療に支障のない範囲で、と答弁。親族が理事長を務める葵会の理事に自身が就いていた事実や利益相反も問われ、葵会ならびに傘下の医療法人の役職を既に辞していることも明らかにした。
この直後、事態が一転。葵会は「外国人専用医療ツーリズム病院計画について」と題する文書を川崎市長に提出し、県・市で「どのような形における運用がふさわしいか、検討を進めていただいている状況」を鑑み、「本計画について再検討させていただく」とした。これに関し市側の照会に対し、①計画の断念ではない、②オリンピックの開催時期の開設に拘らない、③県の検討会のルール作りの動向を踏まえていきたいと回答している。ルール化の帰趨により、捲土重来はあると考えられる。
◆医療ツーリズム掲げる大阪・万博 全域が病床過剰圏域 外国資本の参画の動きも
県・市による「医療ツーリズムと地域医療との調和に関する検討会」(県保健医療計画推進会議)と「医療ツーリズムと地域医療との調和に関するワーキンググループ」(川崎地域地域医療構想調整会議)は合同で、ルール作りと国への要望事項を練っている。初回会合では法改定のハードルの高さと時間の関係で、「行政指導」の範疇となる県・市独自の「ルール作り」が目下焦点となっているが、事態の変化に応じ、拙速せずに腰を据えた議論となっていくと思われる。ここで大事なポイントがある。
万博である。オリンピックの後に、多くの訪日外国人が見込まれるのは、2025年の大阪万博となる。既に医療ツーリズム(医療観光)の拠点にとの期待が阪大教授の内閣官房参与から寄せられている。外国資本も大阪湾の人工島・夢洲(ゆめしま)でのIR開発事業への参画と医療ツーリズムの展開に意欲を見せ、医療機関との連携を取り始めている。大阪府は全ての医療圏が病床過剰圏域である。自由診療病床の開設問題、医療ツーリズム病院は確実に波及、連動する。
しかも、葵会と同じく、政治の影が相当に色濃く、GWにそれを匂わせる動きも見られている。
◆「自由診療」病院の出現は皆保険崩す蟻の一穴 非営利法人なら営利性は不問の陥穽
現在、病床過剰圏域で、公立病院や公的病院は医療法第7条により知事が開設を不許可とできる。民間病院の場合は不許可にはできないが、法に基づく知事の勧告が出た場合にそれを理由に健康保険法の保険指定を拒否できる。これにより事実上の病床規制がかかる仕組みとなっている。ただ、自由診療で病床開設をする場合は、この規制がかからないと行政サイドで解したため問題が複雑化した。
「国民の健康の保持に寄与」を第1条の目的に掲げる医療法にあって、法体系上、外国人専用の病床開設は法の本旨に外れており、外形的構造要件を満たせばよいとするのは矛盾が大きい。皆保険制度を敷くわが国で、外国人専用のみならず自由診療病床の開設が法の間隙を縫い、跋扈する状況が続出することとなれば、歴史的に積み上げてきたわが国の医療体制、医療制度に風穴があく。医療人材の養成・育成、配置の歪みを生じさせ、所得の多寡による医療格差を極端にし、医療のビジネス化、営利産業化へと、医療秩序を大きく棄損させる。医療界がこぞって反対するのは道理である。
営利性判断も、葵会のような非営利法人の開設であれば、内実不問と厚労省はその姿勢を固定化しており、自由診療病床開設によるビジネス化は、止めようがなくなる。
現状、医療ツーリズムは、各病院が構造設備、医療人材の余裕、余力の範囲で、保険病床の一部を一時期、治療目的の渡航外国人患者のために、自費診療(自由診療病床)として、転用運用しているにすぎない。その患者数は年間20名以下が大半であり、これがこれまでの社会的許容の実態である。
自由診療の専用病床の新規開設許可は、この状況を大きく変えることになる。
医療ツーリズムを国是として推進している東南アジアの国々(タイ、インド、シンガポールなど)では、高級ホテル並みのアメニティーを装備した株式会社病院が富裕層をターゲットとした医療ツーリズムを盛んに行っており、自国民の医療は少数の公的病院だけが行っている。
◆地域医療構想調整会議を無にする自由診療病床 医療ツーリズムは保険診療の余力の範囲が基準
医療ツーリズムは、2月27日の国会での大臣や政務官答弁に照らせば、地域医療に支障をきたさない範囲が「限度」であり、地元の関係会議での「合意」が内実の「基準」となる。
地域医療構想調整会議による医療需要に基づく機能別の病床数の検討や、地域の医療人材確保など、地域の医療関係者による努力を、自由診療病床の出現は無にする。
本来であれば、①医療法7条の2で開設不許可にできる病床に、同法30条の11に基づく知事の勧告に従わなかったものを加え、②地域医療構想調整会議の協議(同法30条の14)で調った結果についての医療機関の「協力」を義務とし(努力義務からの変更)、整合性のとれるものとすべきである。この点について、早稲田衆院議員の質問主意書(第198国会・質問第85号<H31年3月8日提出>)に、政府答弁書は誠実に対応していない。
近く、県・市の検討会で、ルール策定の検討となるが、初回の会議で神奈川県病院協会の委員から、①現行実態の範囲、②保険診療を中心におこなったうえで、余剰資源の範囲と、見識ある2つの「基準」が提示されている。
医療ツーリズムの中核組織、(一社)Medical Excellence JAPANが渡航受診者の受け入れ体制を評価する「ジャパン・インターナショナル・ホスピタルズ(JIH)」の公募概要は「国民への医療提供体制の維持と向上を前提として」であり、厚労省の「外国人患者受入れ医療機関認証制度」(JMIP)」も「国民に対する医療の確保が阻害されることがないことを前提」としている。医療ツーリズムの先進、愛知県のあいち医療ツーリズム研究会でも、「既存の医療の受け入れ余力を活用し地域医療に影響を及ぼさない範囲において」としており、初回会議の「基準」は、これに沿っており妥当である。
◆数値的ルールの危険性 実態からの出発を 渡航患者受け入れ年間20人以下が大半
このルール化に関し、人口比率や基準病床比率などを用い、「自由診療病床を人口150万人の都市では150床まで」のような数値的な「上限枠」を設定することは禁物である。これが「呼び水」となり全国波及し、人口10万対10床の比率なら全国で1万床の自由診療病床の出現が可能となる。自由診療に従事できる医師や看護師の「数の枠」を設定することも同様である。数値的基準は規制緩和の圧力に常に晒され続け、決壊する危険も高い。
医療滞在ビザの発給により、医療目的での渡航患者が中国を中心にアジア諸国から大幅に数を伸ばしたが、各病院の年間の医療ツーリズム患者の数は、多くは20人以下で最大で100人規模でしかない。この実態から出発し、この実態をコントロールすることが、医療制度、医療体制、医療秩序を崩さずに、医療ツーリズムを内包していく次善策である。
そもそも、外国の富裕層患者を見込んだ医療ビジネスで経済活性化を目論み、医療の再建の活路を見出すのは本道から外れており、皆保険とは相いれない。人道的、国際的見地からの渡航患者の受け入れを限度とすべきである。医療ツーリズムの野放図な推進、前のめりな許容は戒めるべきである。
医療ツーリズムと地域医療の調和のルール作りは、全国に確実に波及する。関係諸氏の理性的で慎重な対応を強く望みたい。
2019年5月14日
自由診療ツーリズム病院の「数値的」ルール化は慎重に
万博をはじめ全国波及の一穴への連動を危惧する
神奈川県保険医協会
政策部長 桑島 政臣
◆葵会の「再検討」は断念にあらず 捲土重来、全国波及は要注意
昨年来、県下はじめ医療界で問題となっていた川崎市南部の病床過剰圏での、医療法人社団・葵会による自由診療の外国人専用医療ツーリズム病院の開設計画は、2月28日に葵会より川崎市長あてに計画の「再検討」の旨、文書が提出された。事実上の「凍結」と解されているが、これは「断念」ではなく再燃含みである。近く、関係の検討会で地域医療との調和のルールを作る運びとなるが、数値的なルールは、再燃の火種となり全国波及の懸念が強い。政治の影も色濃く、2025年の万博との関連もあるとの観測もされつつある。われわれは、何等かのルール化は必要と考えるが、初回の検討会でだされた公準程度にとどめ、数値的なルール化には慎重を期すべきと考える。そのことを求めたい。
◆政治問題化で一転、利益相反も問題化 政務官「地域医療に支障のない範囲」と答弁
実は、葵会の「再検討」通知の前日、2月27日、国会の予算委員会で早稲田夕季衆院議員(立憲)がこの問題を追及している。答弁に立った新谷厚労大臣政務官は、①地元の反発・混乱は承知していない、②地元の関係会議での十分な議論が大事、③医療ツーリズムは地域医療に支障のない範囲で、と答弁。親族が理事長を務める葵会の理事に自身が就いていた事実や利益相反も問われ、葵会ならびに傘下の医療法人の役職を既に辞していることも明らかにした。
この直後、事態が一転。葵会は「外国人専用医療ツーリズム病院計画について」と題する文書を川崎市長に提出し、県・市で「どのような形における運用がふさわしいか、検討を進めていただいている状況」を鑑み、「本計画について再検討させていただく」とした。これに関し市側の照会に対し、①計画の断念ではない、②オリンピックの開催時期の開設に拘らない、③県の検討会のルール作りの動向を踏まえていきたいと回答している。ルール化の帰趨により、捲土重来はあると考えられる。
◆医療ツーリズム掲げる大阪・万博 全域が病床過剰圏域 外国資本の参画の動きも
県・市による「医療ツーリズムと地域医療との調和に関する検討会」(県保健医療計画推進会議)と「医療ツーリズムと地域医療との調和に関するワーキンググループ」(川崎地域地域医療構想調整会議)は合同で、ルール作りと国への要望事項を練っている。初回会合では法改定のハードルの高さと時間の関係で、「行政指導」の範疇となる県・市独自の「ルール作り」が目下焦点となっているが、事態の変化に応じ、拙速せずに腰を据えた議論となっていくと思われる。ここで大事なポイントがある。
万博である。オリンピックの後に、多くの訪日外国人が見込まれるのは、2025年の大阪万博となる。既に医療ツーリズム(医療観光)の拠点にとの期待が阪大教授の内閣官房参与から寄せられている。外国資本も大阪湾の人工島・夢洲(ゆめしま)でのIR開発事業への参画と医療ツーリズムの展開に意欲を見せ、医療機関との連携を取り始めている。大阪府は全ての医療圏が病床過剰圏域である。自由診療病床の開設問題、医療ツーリズム病院は確実に波及、連動する。
しかも、葵会と同じく、政治の影が相当に色濃く、GWにそれを匂わせる動きも見られている。
◆「自由診療」病院の出現は皆保険崩す蟻の一穴 非営利法人なら営利性は不問の陥穽
現在、病床過剰圏域で、公立病院や公的病院は医療法第7条により知事が開設を不許可とできる。民間病院の場合は不許可にはできないが、法に基づく知事の勧告が出た場合にそれを理由に健康保険法の保険指定を拒否できる。これにより事実上の病床規制がかかる仕組みとなっている。ただ、自由診療で病床開設をする場合は、この規制がかからないと行政サイドで解したため問題が複雑化した。
「国民の健康の保持に寄与」を第1条の目的に掲げる医療法にあって、法体系上、外国人専用の病床開設は法の本旨に外れており、外形的構造要件を満たせばよいとするのは矛盾が大きい。皆保険制度を敷くわが国で、外国人専用のみならず自由診療病床の開設が法の間隙を縫い、跋扈する状況が続出することとなれば、歴史的に積み上げてきたわが国の医療体制、医療制度に風穴があく。医療人材の養成・育成、配置の歪みを生じさせ、所得の多寡による医療格差を極端にし、医療のビジネス化、営利産業化へと、医療秩序を大きく棄損させる。医療界がこぞって反対するのは道理である。
営利性判断も、葵会のような非営利法人の開設であれば、内実不問と厚労省はその姿勢を固定化しており、自由診療病床開設によるビジネス化は、止めようがなくなる。
現状、医療ツーリズムは、各病院が構造設備、医療人材の余裕、余力の範囲で、保険病床の一部を一時期、治療目的の渡航外国人患者のために、自費診療(自由診療病床)として、転用運用しているにすぎない。その患者数は年間20名以下が大半であり、これがこれまでの社会的許容の実態である。
自由診療の専用病床の新規開設許可は、この状況を大きく変えることになる。
医療ツーリズムを国是として推進している東南アジアの国々(タイ、インド、シンガポールなど)では、高級ホテル並みのアメニティーを装備した株式会社病院が富裕層をターゲットとした医療ツーリズムを盛んに行っており、自国民の医療は少数の公的病院だけが行っている。
◆地域医療構想調整会議を無にする自由診療病床 医療ツーリズムは保険診療の余力の範囲が基準
医療ツーリズムは、2月27日の国会での大臣や政務官答弁に照らせば、地域医療に支障をきたさない範囲が「限度」であり、地元の関係会議での「合意」が内実の「基準」となる。
地域医療構想調整会議による医療需要に基づく機能別の病床数の検討や、地域の医療人材確保など、地域の医療関係者による努力を、自由診療病床の出現は無にする。
本来であれば、①医療法7条の2で開設不許可にできる病床に、同法30条の11に基づく知事の勧告に従わなかったものを加え、②地域医療構想調整会議の協議(同法30条の14)で調った結果についての医療機関の「協力」を義務とし(努力義務からの変更)、整合性のとれるものとすべきである。この点について、早稲田衆院議員の質問主意書(第198国会・質問第85号<H31年3月8日提出>)に、政府答弁書は誠実に対応していない。
近く、県・市の検討会で、ルール策定の検討となるが、初回の会議で神奈川県病院協会の委員から、①現行実態の範囲、②保険診療を中心におこなったうえで、余剰資源の範囲と、見識ある2つの「基準」が提示されている。
医療ツーリズムの中核組織、(一社)Medical Excellence JAPANが渡航受診者の受け入れ体制を評価する「ジャパン・インターナショナル・ホスピタルズ(JIH)」の公募概要は「国民への医療提供体制の維持と向上を前提として」であり、厚労省の「外国人患者受入れ医療機関認証制度」(JMIP)」も「国民に対する医療の確保が阻害されることがないことを前提」としている。医療ツーリズムの先進、愛知県のあいち医療ツーリズム研究会でも、「既存の医療の受け入れ余力を活用し地域医療に影響を及ぼさない範囲において」としており、初回会議の「基準」は、これに沿っており妥当である。
◆数値的ルールの危険性 実態からの出発を 渡航患者受け入れ年間20人以下が大半
このルール化に関し、人口比率や基準病床比率などを用い、「自由診療病床を人口150万人の都市では150床まで」のような数値的な「上限枠」を設定することは禁物である。これが「呼び水」となり全国波及し、人口10万対10床の比率なら全国で1万床の自由診療病床の出現が可能となる。自由診療に従事できる医師や看護師の「数の枠」を設定することも同様である。数値的基準は規制緩和の圧力に常に晒され続け、決壊する危険も高い。
医療滞在ビザの発給により、医療目的での渡航患者が中国を中心にアジア諸国から大幅に数を伸ばしたが、各病院の年間の医療ツーリズム患者の数は、多くは20人以下で最大で100人規模でしかない。この実態から出発し、この実態をコントロールすることが、医療制度、医療体制、医療秩序を崩さずに、医療ツーリズムを内包していく次善策である。
そもそも、外国の富裕層患者を見込んだ医療ビジネスで経済活性化を目論み、医療の再建の活路を見出すのは本道から外れており、皆保険とは相いれない。人道的、国際的見地からの渡航患者の受け入れを限度とすべきである。医療ツーリズムの野放図な推進、前のめりな許容は戒めるべきである。
医療ツーリズムと地域医療の調和のルール作りは、全国に確実に波及する。関係諸氏の理性的で慎重な対応を強く望みたい。
2019年5月14日