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2019/9/25 政策部長談話 「患者に混乱もたらす『登録医』制の再燃と健保法違反の『定額負担』に反対する」
患者に混乱もたらす「登録医」制の再燃と健保法違反の「定額負担」に反対する
神奈川県保険医協会
政策部長 桑島 政臣
登録医制の導入が今夏、動きとして浮上し医療界で警戒感が強まっている。「検討中」と報道された厚労省は事実関係を否定したが、一方で野党議連は法案提出を目指して動いている。これらの構想は2016年10月に財務省の財政制度等審議会・財政制度分科会が提案した内容と酷似しており、その再燃に思える1)。それは事実上の「登録医制」と登録医以外受診への患者「定額負担」のセットの導入であり、従来以上に踏み込んだ提案であった。医療費抑制を狙った"合わせ技"だが、登録医制は患者に無用な混乱を招き、これと連動した定率負担に定額負担を重ねる患者負担増は、健保法附則に反する。既視感の強い、この動きに我々は強く反対する。
◆過去に財務省が「登録医」制を提案 患者が指定、24時間対応は不問
かつて2016年10月に財政制度等審議会・財政制度分科会が提案した内容は、「かかりつけ医」を財務省が再定義し、事実上、「登録医」制としたものである。具体的には、①患者が指定し、②保険者への登録とし、③この「かかりつけ医」以外の受診の際に「紹介状」がない場合は「定額負担」を課す。④「かかりつけ医」は他機関も含め受診状況の把握や紹介・連携、全人的な医療の提供をする、⑤24時間対応や、患者の特定疾病の有無や年齢要件は問わない、とした。しかも、参考例に「小児かかりつけ診療料」をあげ、患者の「同意」で1人の患者につき1カ所の算定で、包括払い報酬をモデルタイプとして示した。つまり想定の「かかりつけ医」は、医師と患者が「1対1」関係で他科受診は紹介状を要件とする英国等の「登録医」であった。
導入理由に財務省は、従来想定の「かかりつけ医」(=地域包括診療料算定施設)の普及や外来機能分化が不十分とあげた。この提案は医療界の反対で「見送り」となったが、「かかりつけ医」以外の受診への定額負担の上乗せは、財政審「建議」や経済財政諮問会議「改革工程表」など政府文書には途絶せず執拗に検討課題として載ってきている。診療報酬改定での点数設定の先行と、事後の法案化は想定でき予断は禁物である。
◆日経報道の「登録医」は財務省提案と相似
今年、6月25日の日本経済新聞は「かかりつけ医 定額制に/厚労省検討 過剰な診療抑制/登録以外は上乗せ」とし1面トップで厚労省が登録医制度の検討を始めたと報じた。その制度内容は、①患者が自分の「かかりつけ医」を任意で登録、②診察料の月単位の定額、③2021年度の法改定も視野、④一定水準の登録要件の設定と登録可能医療機関の一覧の公表、⑤「かかりつけ医」以外の受診の際の自己負担上乗せ、であり財務省提案と酷似する。医療費の伸びの抑制効果と患者負担の割安化、定期的診察での病気予防・早期発見が期待できる、とした。また糖尿病等を対象の1万5,000円の地域包括診療料を類例とあげ、この対象拡大での定額報酬水準と上乗せ自己負担額の水準を厚労省が検討を始めるとした。
この報道に際し、根本厚労大臣(当時)は、同日の午前10時の記者会見で記者から事実確認がされ、「厚労省が検討を開始したとの事実はありません」と否定。また、6月26日には森光保険局医療課長も中医協で日医の松本委員に質され、「そのような事実はございません」と否定した。
専門紙誌がこの「事実否定」を報じる中、当協会は日経新聞へ訂正・続報記事の予定を7月12日に尋ねたが、その意向はなく、「内容に自信を持っている」と返答されている。
確かに大臣は事実否定を会見でしたが、その一方、経済財政再生計画改革工程表2018で、「かかりつけ機能の在り方を踏まえつつ・・・外来受診時等の定額負担の導入・活用について・・・関係審議会等において検討とされており、骨太2020に向けて検討してきたい」と述べている。沙汰止みとはなっていないのである。
◆野党議連提言に感じる深謀遠慮
これに軌を一にする野党の一部の動きが重なる。8月26日、野党の議員連盟は患者が「家庭医」(かかりつけ医)を登録する制度創設を柱とする医療制度改革基本法案の骨子をまとめ、秋の臨時国会への法案提出に向けたシンポジウムを国会内で開催した。この議連は「『医療の民主化』改革で、次世代に責任ある政治を実現する議員連盟」で会長は野田前首相。立憲、国民、社保等の国会議員がメンバーで、医療制度の治療から予防への転換を『医療の民主化』としており、「日本版家庭医制度」の創設を政策の中心に置いている。
具体的には①患者1人につき「かかりつけ医」1人(変更可能)の登録制、②登録は任意、③「かかりつけ医」以外への直接受診には一定額の負担、④「かかりつけ医」は研修修了が要件、⑤二次医療機関受診の必要性の有無の判断や患者情報の一元把握等の機能、⑥患者負担無料と包括制診療報酬の採用等となっている。
この議連の公になっている議員名簿は、奇しくも日経報道のあった「6月25日現在」の「日付」であり、しかも議連70名中の大半50名が役職という構成である。議連の法案骨子は「(8月)22日までにまとめた」と8月23日に報じられたが、発足後2カ月も経、財務省案との相似性から、背後に深謀遠慮が見え隠れする。
この議連の実質の責任者は事務局長の重徳和彦衆院議員(社保)とみられる。この議連に先行し重徳議員ら9人で構成する、社会保障改革を掲げる超党派議連「GO-NAIS」が5月23日に、「医療の民主化」を掲げ「医療制度を治療から予防へ転換する改革案」を発表。出来高払い制度の弊を指摘し、「登録制かかりつけ医」創設などを提言しており、これが今回の議連の下地になったと考えられる。
◆社会保障の自然増圧縮の「梃」への懸念
いずれにせよ、財政審「建議」(6月19日)を前後し、政府の動きに加え野党の一部も、「医療費抑制の梃」として登録医制と上乗せ患者負担の導入に動きだしている。社会保障費の自然増圧縮は22年度の団塊世代の後期高齢者入りを控え激烈になる。かつて、人頭登録制として医療界の怨嗟の的となった「家庭医」構想(1987年)は頓挫し、禁句となり、代わって「かかりつけ医」が登場し現在に至る。しかし、この「かかりつけ医」は、医療界と厚労省、財務省の間で「定義」や理解、想定に相違があり、同床異夢である。
日医は、「なんでも相談できるうえ、最新の医療情報を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師」と、医療的機能と社会的機能を有するものと定義し研修をシステム化し法制化に反対している。厚労省は主治医機能を評価した地域包括診療料・加算の算定機関と解し、財務省は「登録医」の制度化としこれは未だ雲散霧消していない。
◆効率性の高い日本の医療制度 角を矯めて牛を殺す愚を犯すな
患者は高血圧や腰痛症、うつ病等の病気に応じ、内科、整形外科、精神科と、「かかりつけの医師(診療所)」を持っている。実際、国民の83.3%は「かかりつけ医」を決めている(2018年度中医協調査)。社会的役割として「かかりつけ医」の「機能」を果たす医療機関はあっても、「家庭医」類型の「鋳型」に嵌った存在はない。これを強いて1カ所の「登録医(家庭医)」(=「かかりつけ医」)に、医療提供、健康管理、病歴管理などを集約する必要はない。自由度がない分、患者に無用な混乱をもたらすだけである。
多科受診、重複受診が巷でいわれるが、実際は患者数全体の2%(協会けんぽ調査)に過ぎず、厚労省調査では重複受診0.27%、頻回受診0.56%<H25>である。また初診患者の84%は診療所が診ており、残り16%は病院だが、多くは「紹介」を経ており、問題とされる該当患者は大病院の初診外来で1.3%に過ぎない。
日本の1人当たりの受診回数12.8回(年)が世界2位といわれるが、実は一人当たり医療費は、米国8,745ドル、ノルウェー6,140ドル、スイス6,080ドルの上位3か国に比し日本は3,649ドルと、ノルウェーの6割水準でOECD加盟国中15位で中位でしかない2)。世界一の高齢化率を鑑みれば、極めて効率的なのである。
これに重ねて、登録医以外への受診に定額負担を課すというのは、「患者負担は3割限度」(「医療に係る給付の割合については、将来にわたり百分の七十を維持するものとする」)とされた健保法附則に、そもそも違反する。既に過重な定率3割負担に100円や200円、500円などの定額負担を上乗せすることは、受診抑制の障壁を高くするだけであり、諸外国でも「定率負担+定額負担」は類例がない。
われわれは、道理も根拠もない、登録医制導入と定額負担の導入に強く反対する。
2019年9月25日
1)2016.10.17政策部長談話「健保法違反、財政対策の「定額負担」と患者に混乱もたらす「登録医」制に反対する」
2)厚労省ホームページ OECD加盟国の医療費の状況(2012年)
患者に混乱もたらす「登録医」制の再燃と健保法違反の「定額負担」に反対する
神奈川県保険医協会
政策部長 桑島 政臣
登録医制の導入が今夏、動きとして浮上し医療界で警戒感が強まっている。「検討中」と報道された厚労省は事実関係を否定したが、一方で野党議連は法案提出を目指して動いている。これらの構想は2016年10月に財務省の財政制度等審議会・財政制度分科会が提案した内容と酷似しており、その再燃に思える1)。それは事実上の「登録医制」と登録医以外受診への患者「定額負担」のセットの導入であり、従来以上に踏み込んだ提案であった。医療費抑制を狙った"合わせ技"だが、登録医制は患者に無用な混乱を招き、これと連動した定率負担に定額負担を重ねる患者負担増は、健保法附則に反する。既視感の強い、この動きに我々は強く反対する。
◆過去に財務省が「登録医」制を提案 患者が指定、24時間対応は不問
かつて2016年10月に財政制度等審議会・財政制度分科会が提案した内容は、「かかりつけ医」を財務省が再定義し、事実上、「登録医」制としたものである。具体的には、①患者が指定し、②保険者への登録とし、③この「かかりつけ医」以外の受診の際に「紹介状」がない場合は「定額負担」を課す。④「かかりつけ医」は他機関も含め受診状況の把握や紹介・連携、全人的な医療の提供をする、⑤24時間対応や、患者の特定疾病の有無や年齢要件は問わない、とした。しかも、参考例に「小児かかりつけ診療料」をあげ、患者の「同意」で1人の患者につき1カ所の算定で、包括払い報酬をモデルタイプとして示した。つまり想定の「かかりつけ医」は、医師と患者が「1対1」関係で他科受診は紹介状を要件とする英国等の「登録医」であった。
導入理由に財務省は、従来想定の「かかりつけ医」(=地域包括診療料算定施設)の普及や外来機能分化が不十分とあげた。この提案は医療界の反対で「見送り」となったが、「かかりつけ医」以外の受診への定額負担の上乗せは、財政審「建議」や経済財政諮問会議「改革工程表」など政府文書には途絶せず執拗に検討課題として載ってきている。診療報酬改定での点数設定の先行と、事後の法案化は想定でき予断は禁物である。
◆日経報道の「登録医」は財務省提案と相似
今年、6月25日の日本経済新聞は「かかりつけ医 定額制に/厚労省検討 過剰な診療抑制/登録以外は上乗せ」とし1面トップで厚労省が登録医制度の検討を始めたと報じた。その制度内容は、①患者が自分の「かかりつけ医」を任意で登録、②診察料の月単位の定額、③2021年度の法改定も視野、④一定水準の登録要件の設定と登録可能医療機関の一覧の公表、⑤「かかりつけ医」以外の受診の際の自己負担上乗せ、であり財務省提案と酷似する。医療費の伸びの抑制効果と患者負担の割安化、定期的診察での病気予防・早期発見が期待できる、とした。また糖尿病等を対象の1万5,000円の地域包括診療料を類例とあげ、この対象拡大での定額報酬水準と上乗せ自己負担額の水準を厚労省が検討を始めるとした。
この報道に際し、根本厚労大臣(当時)は、同日の午前10時の記者会見で記者から事実確認がされ、「厚労省が検討を開始したとの事実はありません」と否定。また、6月26日には森光保険局医療課長も中医協で日医の松本委員に質され、「そのような事実はございません」と否定した。
専門紙誌がこの「事実否定」を報じる中、当協会は日経新聞へ訂正・続報記事の予定を7月12日に尋ねたが、その意向はなく、「内容に自信を持っている」と返答されている。
確かに大臣は事実否定を会見でしたが、その一方、経済財政再生計画改革工程表2018で、「かかりつけ機能の在り方を踏まえつつ・・・外来受診時等の定額負担の導入・活用について・・・関係審議会等において検討とされており、骨太2020に向けて検討してきたい」と述べている。沙汰止みとはなっていないのである。
◆野党議連提言に感じる深謀遠慮
これに軌を一にする野党の一部の動きが重なる。8月26日、野党の議員連盟は患者が「家庭医」(かかりつけ医)を登録する制度創設を柱とする医療制度改革基本法案の骨子をまとめ、秋の臨時国会への法案提出に向けたシンポジウムを国会内で開催した。この議連は「『医療の民主化』改革で、次世代に責任ある政治を実現する議員連盟」で会長は野田前首相。立憲、国民、社保等の国会議員がメンバーで、医療制度の治療から予防への転換を『医療の民主化』としており、「日本版家庭医制度」の創設を政策の中心に置いている。
具体的には①患者1人につき「かかりつけ医」1人(変更可能)の登録制、②登録は任意、③「かかりつけ医」以外への直接受診には一定額の負担、④「かかりつけ医」は研修修了が要件、⑤二次医療機関受診の必要性の有無の判断や患者情報の一元把握等の機能、⑥患者負担無料と包括制診療報酬の採用等となっている。
この議連の公になっている議員名簿は、奇しくも日経報道のあった「6月25日現在」の「日付」であり、しかも議連70名中の大半50名が役職という構成である。議連の法案骨子は「(8月)22日までにまとめた」と8月23日に報じられたが、発足後2カ月も経、財務省案との相似性から、背後に深謀遠慮が見え隠れする。
この議連の実質の責任者は事務局長の重徳和彦衆院議員(社保)とみられる。この議連に先行し重徳議員ら9人で構成する、社会保障改革を掲げる超党派議連「GO-NAIS」が5月23日に、「医療の民主化」を掲げ「医療制度を治療から予防へ転換する改革案」を発表。出来高払い制度の弊を指摘し、「登録制かかりつけ医」創設などを提言しており、これが今回の議連の下地になったと考えられる。
◆社会保障の自然増圧縮の「梃」への懸念
いずれにせよ、財政審「建議」(6月19日)を前後し、政府の動きに加え野党の一部も、「医療費抑制の梃」として登録医制と上乗せ患者負担の導入に動きだしている。社会保障費の自然増圧縮は22年度の団塊世代の後期高齢者入りを控え激烈になる。かつて、人頭登録制として医療界の怨嗟の的となった「家庭医」構想(1987年)は頓挫し、禁句となり、代わって「かかりつけ医」が登場し現在に至る。しかし、この「かかりつけ医」は、医療界と厚労省、財務省の間で「定義」や理解、想定に相違があり、同床異夢である。
日医は、「なんでも相談できるうえ、最新の医療情報を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師」と、医療的機能と社会的機能を有するものと定義し研修をシステム化し法制化に反対している。厚労省は主治医機能を評価した地域包括診療料・加算の算定機関と解し、財務省は「登録医」の制度化としこれは未だ雲散霧消していない。
◆効率性の高い日本の医療制度 角を矯めて牛を殺す愚を犯すな
患者は高血圧や腰痛症、うつ病等の病気に応じ、内科、整形外科、精神科と、「かかりつけの医師(診療所)」を持っている。実際、国民の83.3%は「かかりつけ医」を決めている(2018年度中医協調査)。社会的役割として「かかりつけ医」の「機能」を果たす医療機関はあっても、「家庭医」類型の「鋳型」に嵌った存在はない。これを強いて1カ所の「登録医(家庭医)」(=「かかりつけ医」)に、医療提供、健康管理、病歴管理などを集約する必要はない。自由度がない分、患者に無用な混乱をもたらすだけである。
多科受診、重複受診が巷でいわれるが、実際は患者数全体の2%(協会けんぽ調査)に過ぎず、厚労省調査では重複受診0.27%、頻回受診0.56%<H25>である。また初診患者の84%は診療所が診ており、残り16%は病院だが、多くは「紹介」を経ており、問題とされる該当患者は大病院の初診外来で1.3%に過ぎない。
日本の1人当たりの受診回数12.8回(年)が世界2位といわれるが、実は一人当たり医療費は、米国8,745ドル、ノルウェー6,140ドル、スイス6,080ドルの上位3か国に比し日本は3,649ドルと、ノルウェーの6割水準でOECD加盟国中15位で中位でしかない2)。世界一の高齢化率を鑑みれば、極めて効率的なのである。
これに重ねて、登録医以外への受診に定額負担を課すというのは、「患者負担は3割限度」(「医療に係る給付の割合については、将来にわたり百分の七十を維持するものとする」)とされた健保法附則に、そもそも違反する。既に過重な定率3割負担に100円や200円、500円などの定額負担を上乗せすることは、受診抑制の障壁を高くするだけであり、諸外国でも「定率負担+定額負担」は類例がない。
われわれは、道理も根拠もない、登録医制導入と定額負担の導入に強く反対する。
2019年9月25日
1)2016.10.17政策部長談話「健保法違反、財政対策の「定額負担」と患者に混乱もたらす「登録医」制に反対する」
2)厚労省ホームページ OECD加盟国の医療費の状況(2012年)