神奈川県保険医協会とは
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2022/5/17 政策部長談話 「社会保障給付の規律の『必要性』による階層的な医療費抑制の思惑を警鐘する」
社会保障給付の規律の「必要性」による
階層的な医療費抑制の思惑を警鐘する
神奈川県保険医協会
政策部長 磯崎 哲男
公費負担の漸減システムの導入を企図した「給付の規律性」提案
財政制度等審議会財政制度分科会は「社会保障給付費の規律の必要性」について4月13日、提出資料で説いている(図1、図2)。本資料では「医療分野等における」と冠がつけられ「医療」が重点となっている。参考資料では更に踏み込み、「法律等で規定された公費負担割合を下げる必要」を挙げ、初期段階として「そうした制度改革の実現可能性の検証」が必要としている。近く、春の「建議」公表となるが、この新たな問題提起について、皆保険制度への影響と限界について説くとともに、問題性を広く警鐘する。
「保険給付」総枠と「公費負担」の両者の抑制狙う「規律論」
この「社会保障給付費の規律の必要性」は、昨年4月に資料として初出され、11月にも同様なものが出されている。そこでは公費(国費)と給付費の水準が連動し、国費の抑制のため給付費の抑制が基本的に必要となるが、現行は数年刻みの規律であり、「中長期」の給付費水準の規律も必要と説いていた。これがこの4月には「医療」の冠をつけた資料が数枚に及んだ。過去に「伸び率管理」の代替として導入された「医療費適正化計画」に関しても、実効の乏しさを数字で示して指弾。保険料を含めた「給付費」総体を規律の直接の調整対象とすべきとしている。
更には参考資料として出された中の1枚は意味深長である(図2)。タイトルは「社会保障給付費の規律の必要性」で本資料と同じだが、中身が全く違う。ここでは、公費負担の軽減のため「給付費総額に対して公費負担割合を大きく引き下げていく制度改革」が問題提起されている。図示では「給付費が増嵩しないとしても、公費負担の額が抑制されるには制度改革により法律等で規定された公費負担割合を下げる必要」について「まずはそうした制度改革の実現可能性が検証される必要」があるとしている。
つまり、①医療の「保険給付」総枠の5~10年の「中長期的規律」を調整し、②保険給付の規模に連動させずに「公費負担」の実額が漸減していく方策、の検討・模索がなされはじめたということである。
現在の社会保障関係費、医療保険給付費の抑制
現在、予算編成で「社会保障関係費」(=国費)は、実質的な伸びを「高齢化による増加分」しか認めていない。2022年度は概算請求時点で6,600億円増だったが、診療報酬のマイナス改定を軸に▲2,200億円とし、4,400億円増に抑えている。この「抑制目標」は2018年の「骨太方針」の3カ年計画で設定され、それを踏襲したものである。実際に国費分を圧縮するので連動する社会保障給付費の総枠も圧縮されることになる。
今回の提起①は、この国費の圧縮の考え方を転換し、保険料を含めた社会保障給付費129.6兆円(21年度)を対象に削減目標を考えることである。医療でいうと今の国費11兆円からの増加分を毎年1千億円強に抑える方針から、保険給付「総枠」40兆円に対し今後10年での抑制目標を立てることを意味する。
また提起②の公費負担割合の漸減は、現在、法律で決まっている、医療の保険給付費への「定率」での国庫負担割合を変更し、法律改定を予定するということである。
いずれも、皆保険制度の基盤を揺るがす危険がある。
医療は保険料が主、公費が補助財源
実は公費(国庫負担)問題は高齢者医療問題
医療関係者を含め誤解があるが、社会保障の医療は、保険料が財源のメイン、公費が補助財源である。しかも給付費を構成する保険料と公費(国費と地方公費)や、患者負担は負担比率が法定化されている。
国費の多寡や規模が問題とされるのは、連動して保険給付の「総枠」が規定されるためである。
一般的に医療費の財源構成が円グラフで、国費、地方公費、保険料(事業主負担と被用者負担)、患者負担の配分で示される(図4)。医療の質の向上等のため医療費の総枠拡大が必須だが、ここで誤解がある。このグラフの国費部分を増大させて、総枠拡大の全体分を賄うのではない。ここで国費が増加すると円グラフの半径が伸び、連動して他の負担も増加し、医療費は総枠拡大となる。つまり円グラフが大きくなる。国費の増加分で、総枠拡大で膨らむ円の面積分を賄うのではない。それは法的にも制度的にもできない。当然、国費の増加分で保険料を部分的に代替して、シェアを変更することも現行法ではできない。国費の増加への期待と制度認識とのズレが、医療費総枠の拡大の前進を拗らせている現状にある。
具体的に数字を整理する。各医療保険の給付費への公費の負担割合は、協会けんぽ16.4%、組合健保0%、市町村国保50.0%、後期高齢者50.0%である。実額(2018年度)で示すと協会けんぽ1.1兆円、組合健保0.1兆円、市町村国保4.1兆円、後期高齢者7.6兆円である(図3)。つまり医療において公費負担、国庫負担問題というのは、圧倒的に後期高齢者医療、次いで市町村国保の問題である。
公費・国庫負担の意味 皆保険制度の根底を支える
組合健保や協会けんぽのように職場を基本とする「職域保険」は、事業主の保険料負担がある。それに対し、市町村国保の「地域保険」や後期高齢者医療保険は、事業主が存在せず、事業主の保険料負担がない。被保険者の保険料のみでの財政運営は難しく、財政基盤を支援する観点で国庫負担が導入されている。同様の趣旨から中小企業の協会けんぽへも国庫がいくらか投入されているのである。
市町村国保は被保険者の44.6%を「65歳から74歳」が占め、職業別で「無職」が43.5%、「所得なし」が29.0%を占める経済的に脆弱な構造にある(2020年度)。赤字の保険者は49.2%(2019年度)に及んでいる。後期高齢者医療制度は「所得なし」が50.8%、1人当たり所得86.3万円(年)である(2020年度)。
医療の質と全員加入を保障する皆保険制度理念を実態的に崩す、公費の漸減政策
財務省が企図・模索する、①給付費「総枠」の中長期計画による圧縮と、②給付費に連動せずに公費を漸減させる仕組みの導入は、(1)医療の質・水準の低下と、(2)市町村国保と後期高齢者医療の財政基盤を揺るがし、皆保険制度の内実を成立させている肝心要を崩しかねない。とりわけ、公費漸減は給付費規模不変でも実行することや、漸減分財源は保険料での補填・代替を想定しており、影響は大きい。
これでは『ランセット』が高く評価し、世界に誇れる皆保険制度が、発足当時の揺籃期へと逆行し、世界潮流のSDGsにおけるUHC(ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ)にも外れる事態となる。この模索は再考すべきである。
「効率」一辺倒から「余裕」ある医療へ
皆保険制度充実と有事対応へ医療費総枠拡大に財務省は尽力を
健保法の附帯決議で、保険給付は将来にわたり7割とされ、患者負担3割の拡大が困難な下、大病院の紹介状なし受診の差額徴収の義務化と増額分の保険給付控除という「荒業」が駆使された。定率負担に「上乗せ」で定額負担を重ねる方策も何度も浮上している。ここに、重ねて、公費負担の漸減が企図されはじめた。
医療費(給付費)は、診療報酬のマイナス改定を軸に大幅に圧縮し、これに加え後期高齢者の患者負担割合の増加による受診抑制で、更に医療費規模を縮小させてきた。医療費の半分は人件費が占める。医療は労働集約的な産業である。診療報酬のマイナス改定は、保険料や公費の減額を伴い、被保険者に資すると嘯く向きがあるが、これは医療の質の低下と表裏一体である。医療の高度化の中、高まる医療要求を医療費の伸びの抑制・圧縮の下、医療者の自己犠牲だけでの医療提供では限度限界がある。
国民皆保険医療の充実およびコロナで判明した医療の冗長性(余裕・余力)の確保には給付費の総枠拡大が必須であり、患者が経済的理由で受診抑制や中断をすることのないように患者負担の解消も必要である。当然ながら、これと均衡する保険料と公費の負担が道理となる。
現行制度を度外視した議論はありえない。自民党から共産党まで、現在の医療保険制度の基本的な枠組みの維持・堅持を主張し、立脚点は揃っている。
財務省には、この道理の上に立って正面から、そのことへの国民理解を得る努力を求める。厚労省も同じ立場で尽力することを求めたい。
コロナ禍の下、医療現場は診療報酬のマイナス改定で、青息吐息のところも出始めている。世界から高い評価を受けている皆保険制度を無にするような、政策に踏み切らないように、関係方面の警戒と注視を広く求める。
2022年5月17日
【参考】※画像をクリックすると拡大表示されます
図1:財政制度等審議会財政制度分科会(2022年4月13日)「資料1」より抜粋
図2:財政制度等審議会財政制度分科会(2022年4月13日)「参考資料」より抜粋
図3:社会保障審議会医療保険部会(2021年9月22日)「資料3」より抜粋
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医療費の財源構成割合は、医療保険の各制度の財源を便宜的に集計したもの。
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各医療保険制度は分立しており、各制度の公費は他制度を賄わない。
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厚生労働省「令和元(2019)年度 国民医療費の概況」表3「財源別国民医療費」より作成
社会保障給付の規律の「必要性」による
階層的な医療費抑制の思惑を警鐘する
神奈川県保険医協会
政策部長 磯崎 哲男
公費負担の漸減システムの導入を企図した「給付の規律性」提案
財政制度等審議会財政制度分科会は「社会保障給付費の規律の必要性」について4月13日、提出資料で説いている(図1、図2)。本資料では「医療分野等における」と冠がつけられ「医療」が重点となっている。参考資料では更に踏み込み、「法律等で規定された公費負担割合を下げる必要」を挙げ、初期段階として「そうした制度改革の実現可能性の検証」が必要としている。近く、春の「建議」公表となるが、この新たな問題提起について、皆保険制度への影響と限界について説くとともに、問題性を広く警鐘する。
「保険給付」総枠と「公費負担」の両者の抑制狙う「規律論」
この「社会保障給付費の規律の必要性」は、昨年4月に資料として初出され、11月にも同様なものが出されている。そこでは公費(国費)と給付費の水準が連動し、国費の抑制のため給付費の抑制が基本的に必要となるが、現行は数年刻みの規律であり、「中長期」の給付費水準の規律も必要と説いていた。これがこの4月には「医療」の冠をつけた資料が数枚に及んだ。過去に「伸び率管理」の代替として導入された「医療費適正化計画」に関しても、実効の乏しさを数字で示して指弾。保険料を含めた「給付費」総体を規律の直接の調整対象とすべきとしている。
更には参考資料として出された中の1枚は意味深長である(図2)。タイトルは「社会保障給付費の規律の必要性」で本資料と同じだが、中身が全く違う。ここでは、公費負担の軽減のため「給付費総額に対して公費負担割合を大きく引き下げていく制度改革」が問題提起されている。図示では「給付費が増嵩しないとしても、公費負担の額が抑制されるには制度改革により法律等で規定された公費負担割合を下げる必要」について「まずはそうした制度改革の実現可能性が検証される必要」があるとしている。
つまり、①医療の「保険給付」総枠の5~10年の「中長期的規律」を調整し、②保険給付の規模に連動させずに「公費負担」の実額が漸減していく方策、の検討・模索がなされはじめたということである。
現在の社会保障関係費、医療保険給付費の抑制
現在、予算編成で「社会保障関係費」(=国費)は、実質的な伸びを「高齢化による増加分」しか認めていない。2022年度は概算請求時点で6,600億円増だったが、診療報酬のマイナス改定を軸に▲2,200億円とし、4,400億円増に抑えている。この「抑制目標」は2018年の「骨太方針」の3カ年計画で設定され、それを踏襲したものである。実際に国費分を圧縮するので連動する社会保障給付費の総枠も圧縮されることになる。
今回の提起①は、この国費の圧縮の考え方を転換し、保険料を含めた社会保障給付費129.6兆円(21年度)を対象に削減目標を考えることである。医療でいうと今の国費11兆円からの増加分を毎年1千億円強に抑える方針から、保険給付「総枠」40兆円に対し今後10年での抑制目標を立てることを意味する。
また提起②の公費負担割合の漸減は、現在、法律で決まっている、医療の保険給付費への「定率」での国庫負担割合を変更し、法律改定を予定するということである。
いずれも、皆保険制度の基盤を揺るがす危険がある。
医療は保険料が主、公費が補助財源
実は公費(国庫負担)問題は高齢者医療問題
医療関係者を含め誤解があるが、社会保障の医療は、保険料が財源のメイン、公費が補助財源である。しかも給付費を構成する保険料と公費(国費と地方公費)や、患者負担は負担比率が法定化されている。
国費の多寡や規模が問題とされるのは、連動して保険給付の「総枠」が規定されるためである。
一般的に医療費の財源構成が円グラフで、国費、地方公費、保険料(事業主負担と被用者負担)、患者負担の配分で示される(図4)。医療の質の向上等のため医療費の総枠拡大が必須だが、ここで誤解がある。このグラフの国費部分を増大させて、総枠拡大の全体分を賄うのではない。ここで国費が増加すると円グラフの半径が伸び、連動して他の負担も増加し、医療費は総枠拡大となる。つまり円グラフが大きくなる。国費の増加分で、総枠拡大で膨らむ円の面積分を賄うのではない。それは法的にも制度的にもできない。当然、国費の増加分で保険料を部分的に代替して、シェアを変更することも現行法ではできない。国費の増加への期待と制度認識とのズレが、医療費総枠の拡大の前進を拗らせている現状にある。
具体的に数字を整理する。各医療保険の給付費への公費の負担割合は、協会けんぽ16.4%、組合健保0%、市町村国保50.0%、後期高齢者50.0%である。実額(2018年度)で示すと協会けんぽ1.1兆円、組合健保0.1兆円、市町村国保4.1兆円、後期高齢者7.6兆円である(図3)。つまり医療において公費負担、国庫負担問題というのは、圧倒的に後期高齢者医療、次いで市町村国保の問題である。
公費・国庫負担の意味 皆保険制度の根底を支える
組合健保や協会けんぽのように職場を基本とする「職域保険」は、事業主の保険料負担がある。それに対し、市町村国保の「地域保険」や後期高齢者医療保険は、事業主が存在せず、事業主の保険料負担がない。被保険者の保険料のみでの財政運営は難しく、財政基盤を支援する観点で国庫負担が導入されている。同様の趣旨から中小企業の協会けんぽへも国庫がいくらか投入されているのである。
市町村国保は被保険者の44.6%を「65歳から74歳」が占め、職業別で「無職」が43.5%、「所得なし」が29.0%を占める経済的に脆弱な構造にある(2020年度)。赤字の保険者は49.2%(2019年度)に及んでいる。後期高齢者医療制度は「所得なし」が50.8%、1人当たり所得86.3万円(年)である(2020年度)。
医療の質と全員加入を保障する皆保険制度理念を実態的に崩す、公費の漸減政策
財務省が企図・模索する、①給付費「総枠」の中長期計画による圧縮と、②給付費に連動せずに公費を漸減させる仕組みの導入は、(1)医療の質・水準の低下と、(2)市町村国保と後期高齢者医療の財政基盤を揺るがし、皆保険制度の内実を成立させている肝心要を崩しかねない。とりわけ、公費漸減は給付費規模不変でも実行することや、漸減分財源は保険料での補填・代替を想定しており、影響は大きい。
これでは『ランセット』が高く評価し、世界に誇れる皆保険制度が、発足当時の揺籃期へと逆行し、世界潮流のSDGsにおけるUHC(ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ)にも外れる事態となる。この模索は再考すべきである。
「効率」一辺倒から「余裕」ある医療へ
皆保険制度充実と有事対応へ医療費総枠拡大に財務省は尽力を
健保法の附帯決議で、保険給付は将来にわたり7割とされ、患者負担3割の拡大が困難な下、大病院の紹介状なし受診の差額徴収の義務化と増額分の保険給付控除という「荒業」が駆使された。定率負担に「上乗せ」で定額負担を重ねる方策も何度も浮上している。ここに、重ねて、公費負担の漸減が企図されはじめた。
医療費(給付費)は、診療報酬のマイナス改定を軸に大幅に圧縮し、これに加え後期高齢者の患者負担割合の増加による受診抑制で、更に医療費規模を縮小させてきた。医療費の半分は人件費が占める。医療は労働集約的な産業である。診療報酬のマイナス改定は、保険料や公費の減額を伴い、被保険者に資すると嘯く向きがあるが、これは医療の質の低下と表裏一体である。医療の高度化の中、高まる医療要求を医療費の伸びの抑制・圧縮の下、医療者の自己犠牲だけでの医療提供では限度限界がある。
国民皆保険医療の充実およびコロナで判明した医療の冗長性(余裕・余力)の確保には給付費の総枠拡大が必須であり、患者が経済的理由で受診抑制や中断をすることのないように患者負担の解消も必要である。当然ながら、これと均衡する保険料と公費の負担が道理となる。
現行制度を度外視した議論はありえない。自民党から共産党まで、現在の医療保険制度の基本的な枠組みの維持・堅持を主張し、立脚点は揃っている。
財務省には、この道理の上に立って正面から、そのことへの国民理解を得る努力を求める。厚労省も同じ立場で尽力することを求めたい。
コロナ禍の下、医療現場は診療報酬のマイナス改定で、青息吐息のところも出始めている。世界から高い評価を受けている皆保険制度を無にするような、政策に踏み切らないように、関係方面の警戒と注視を広く求める。
2022年5月17日
【参考】※画像をクリックすると拡大表示されます
図1:財政制度等審議会財政制度分科会(2022年4月13日)「資料1」より抜粋
図2:財政制度等審議会財政制度分科会(2022年4月13日)「参考資料」より抜粋
図3:社会保障審議会医療保険部会(2021年9月22日)「資料3」より抜粋
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医療費の財源構成割合は、医療保険の各制度の財源を便宜的に集計したもの。
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各医療保険制度は分立しており、各制度の公費は他制度を賄わない。
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厚生労働省「令和元(2019)年度 国民医療費の概況」表3「財源別国民医療費」より作成