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2022/11/25 公害環境対策部長談話 「川崎市地域医療審議会の『成人ぜん息患者医療費助成制度』廃止の答申に疑義あり 被害者に寄り添う自治体行政を望む」
川崎市地域医療審議会の「成人ぜん息患者医療費助成制度」廃止の答申に疑義あり
被害者に寄り添う自治体行政を望む
神奈川県保険医協会
公害環境対策部長 野本 哲夫
11月24日、川崎市地域医療審議会は成人ぜん息と他の慢性疾患患者との公平性を理由に「幅広いアレルギー対策を推進する必要がある」として、川崎市の「成人ぜん息患者医療費助成制度」「小児ぜん息患者医療費助成制度」の取りやめ(廃止)を盛り込んだ答申を福田紀彦川崎市長に提出した。当会は公害被害者に寄り添う医師の団体として、答申の内容に疑義を表明し、福田市長がぜん息助成制度の廃止を決定することのないよう強く求める。
当初の制度趣旨は公害被害者の救済
川崎市のぜん息患者医療費助成制度は1989年、国によって公害健康被害補償法の指定地域が解除されたことを受けて、国による救済を補完する意味で1991年に川崎市が独自に導入したものだ。当初は慢性気管支炎や肺気腫など4疾病について、旧公害指定地域の川崎、幸両区の成人患者の医療費全額を助成していたが、2007年に制度を全市に拡大する一方で1割の患者負担を導入し、対象を気管支ぜんそくに限定した。さらに制度の趣旨を公害被害者救済からアレルギー対策へ変更。「他疾患との公平性」との理屈を持ち出して制度見直し(廃止)が検討されるに至っている。
ぜん息患者医療費助成制度のそもそもの趣旨は、公害被害者の救済であり、趣旨を変更させられた現制度にあっても公害被害者の多くが利用している。懸命に生きていた人が知らず知らずのうちに汚染物質にさらされ、ある日ぜん息を発症させられた。公害被害患者らの被害の回復と、他疾患の治療を公平性の観点で語られることは、我々にとって違和感でしかない。
また答申では、「大気汚染が改善した日本の状況において、四日市ぜんそくなどという大気汚染のひどい状態の時代は終わっている。」とし、ぜん息の医療費助成取りやめの根拠にされている。しかし大気汚染はその歴史的に、工場排煙などの公害発生後、自動車の普及に伴い排ガスなどの問題に移っていった経緯があるが、その点については言及されていない。さらに国の調査から気管支ぜん息の有症率や有病率で川崎市と全国に差がないことを引き、気管支ぜん息に特化して助成すべきエビテンスはないとの主張が盛り込まれている。大気汚染状況の分析については関連の学会で、国の調査資料の比較地点を変更した場合に有病率に差が見られたとの報告もされているが、今回の答申では全国のどの都市と比較したのかの言及がないため、追加説明が必要である。当会でも年に2回二酸化窒素を測定しており、全体的には環境が改善傾向にあることに異論はない。しかし幹線道路脇や交差点など特に自動車が関わる要因のある地点では濃度の高い測定値が得られている。そのため、大気汚染によってぜん息患者が今現在発生していないと言い切ることはできないと考える。WHOは2021年9月に大気汚染物質の目標値を軒並み厳格にした(二酸化窒素については従来の1/4)。大気汚染被害は思った以上に深刻との認識であり、世界の潮流にあらがうことが無いよう慎重な決定を要望する。
ぜん息は完治困難な疾患
医師のぜん息治療は高度な専門性に基づいた判断で行われている
ぜん息は現在の医学では完治困難な疾患である。ひとたび発作が起きれば気管支が狭まり、軽くても横になれない程の息苦しさや咳などの症状が現れる。重篤になると呼吸困難で会話ができなくなり、最悪の場合は命を失うこともある。ぜん息での死亡者は年間1400人を下らない。たびたび発作を起こす場合、気管支が肥厚し薬剤も効きにくくなっていく。そのためそもそも発作を起こさないよう、ステロイド吸入などでの長期管理が重要になる。生涯にわたって治療が必要な患者にとって、治療費への負担感は強い。それだけに川崎市の助成制度の果たす意義は非常に大きいものになっている。
答申には、「手厚い医療費助成のもとでは、安易に高価な薬が過剰に使われてしまうリスクがある」との懸念が示されている。しかし医師は患者の病態や生活状況などを問診し、必要性と患者の理解に基づいて処方を決定している。社団法人日本アレルギー学会が作成した「アレルギー疾患診療・治療ガイドライン」では、吸入ステロイド薬を基本治療とし、治療ステップに従って使用を考慮すべき薬剤が記載されている。高度な専門性に基づいた判断が下されているわけである。このような治療方針に対して「高額な薬剤が安易に使われる」との懸念は異質であり、いかがなものかと思わざるを得ない。
汚染による健康被害なら、ぜん息医療費助成制度と同等の助成を
ただ我々は、他のアレルギー疾患が助成されるべきでないと考えているわけではない。近年のアレルギー疾患の増加に大気汚染が関与していることが過去の調査により示されているためだ。
スギ花粉症の実態についての疫学調査では、ダンプカーの往来する日光街道沿いの住民にスギ花粉症が発生している一方で、奥日光では発生しない状況から、ディーゼル排ガスが原因と示唆された。さらなる実験でディーゼル排ガスがアレルギー反応のアジュバントの役割を果たしていると判明している。
また気管支ぜん息疫学調査では神奈川県医師会が全県の患者調査を実施。二酸化窒素濃度と大型車両走行数が特に関与しているとの結果が示された。この結果からは道路沿道からの距離でぜん息発生数が影響を受けていることもわかる。
横浜市港北区にある小学校を対象としたアレルギー三大疾患(喘息、花粉症、アトピー性皮膚炎)疫学調査では、ワースト1位から5位までの小学校が5年間いつも同じ順位であった。その原因として三本の幹線道路に囲まれた地域であったことが考えられる。多いクラスでは三大疾患が40%超を占めていたほどである。
かようにアレルギー疾患の増加原因に大気汚染が強く関与している以上、現在のぜん息患者医療費助成制度と同等の助成を他の三大アレルギー疾患等に対して行うことが妥当であると考える。
自治体は住民に寄り添える最も近い行政機関
賢明な判断を求める
公害とは環境基本法によれば「事業活動その他の人の活動に伴って生ずる(中略)大気の汚染(中略)によって人の健康又は生活環境に係る被害が生ずるもの」である。川崎市のぜん息患者医療費助成制度の利用者には、明らかにこれに当たる被害を被った住民が多くいるであろう。住民に最も近い行政機関である自治体には、そうした被害者に背を向けることなく、寄り添う姿勢と制度存続に向けた賢明な判断を求めたい。
2022年11月25日
川崎市地域医療審議会の「成人ぜん息患者医療費助成制度」廃止の答申に疑義あり
被害者に寄り添う自治体行政を望む
神奈川県保険医協会
公害環境対策部長 野本 哲夫
11月24日、川崎市地域医療審議会は成人ぜん息と他の慢性疾患患者との公平性を理由に「幅広いアレルギー対策を推進する必要がある」として、川崎市の「成人ぜん息患者医療費助成制度」「小児ぜん息患者医療費助成制度」の取りやめ(廃止)を盛り込んだ答申を福田紀彦川崎市長に提出した。当会は公害被害者に寄り添う医師の団体として、答申の内容に疑義を表明し、福田市長がぜん息助成制度の廃止を決定することのないよう強く求める。
当初の制度趣旨は公害被害者の救済
川崎市のぜん息患者医療費助成制度は1989年、国によって公害健康被害補償法の指定地域が解除されたことを受けて、国による救済を補完する意味で1991年に川崎市が独自に導入したものだ。当初は慢性気管支炎や肺気腫など4疾病について、旧公害指定地域の川崎、幸両区の成人患者の医療費全額を助成していたが、2007年に制度を全市に拡大する一方で1割の患者負担を導入し、対象を気管支ぜんそくに限定した。さらに制度の趣旨を公害被害者救済からアレルギー対策へ変更。「他疾患との公平性」との理屈を持ち出して制度見直し(廃止)が検討されるに至っている。
ぜん息患者医療費助成制度のそもそもの趣旨は、公害被害者の救済であり、趣旨を変更させられた現制度にあっても公害被害者の多くが利用している。懸命に生きていた人が知らず知らずのうちに汚染物質にさらされ、ある日ぜん息を発症させられた。公害被害患者らの被害の回復と、他疾患の治療を公平性の観点で語られることは、我々にとって違和感でしかない。
また答申では、「大気汚染が改善した日本の状況において、四日市ぜんそくなどという大気汚染のひどい状態の時代は終わっている。」とし、ぜん息の医療費助成取りやめの根拠にされている。しかし大気汚染はその歴史的に、工場排煙などの公害発生後、自動車の普及に伴い排ガスなどの問題に移っていった経緯があるが、その点については言及されていない。さらに国の調査から気管支ぜん息の有症率や有病率で川崎市と全国に差がないことを引き、気管支ぜん息に特化して助成すべきエビテンスはないとの主張が盛り込まれている。大気汚染状況の分析については関連の学会で、国の調査資料の比較地点を変更した場合に有病率に差が見られたとの報告もされているが、今回の答申では全国のどの都市と比較したのかの言及がないため、追加説明が必要である。当会でも年に2回二酸化窒素を測定しており、全体的には環境が改善傾向にあることに異論はない。しかし幹線道路脇や交差点など特に自動車が関わる要因のある地点では濃度の高い測定値が得られている。そのため、大気汚染によってぜん息患者が今現在発生していないと言い切ることはできないと考える。WHOは2021年9月に大気汚染物質の目標値を軒並み厳格にした(二酸化窒素については従来の1/4)。大気汚染被害は思った以上に深刻との認識であり、世界の潮流にあらがうことが無いよう慎重な決定を要望する。
ぜん息は完治困難な疾患
医師のぜん息治療は高度な専門性に基づいた判断で行われている
ぜん息は現在の医学では完治困難な疾患である。ひとたび発作が起きれば気管支が狭まり、軽くても横になれない程の息苦しさや咳などの症状が現れる。重篤になると呼吸困難で会話ができなくなり、最悪の場合は命を失うこともある。ぜん息での死亡者は年間1400人を下らない。たびたび発作を起こす場合、気管支が肥厚し薬剤も効きにくくなっていく。そのためそもそも発作を起こさないよう、ステロイド吸入などでの長期管理が重要になる。生涯にわたって治療が必要な患者にとって、治療費への負担感は強い。それだけに川崎市の助成制度の果たす意義は非常に大きいものになっている。
答申には、「手厚い医療費助成のもとでは、安易に高価な薬が過剰に使われてしまうリスクがある」との懸念が示されている。しかし医師は患者の病態や生活状況などを問診し、必要性と患者の理解に基づいて処方を決定している。社団法人日本アレルギー学会が作成した「アレルギー疾患診療・治療ガイドライン」では、吸入ステロイド薬を基本治療とし、治療ステップに従って使用を考慮すべき薬剤が記載されている。高度な専門性に基づいた判断が下されているわけである。このような治療方針に対して「高額な薬剤が安易に使われる」との懸念は異質であり、いかがなものかと思わざるを得ない。
汚染による健康被害なら、ぜん息医療費助成制度と同等の助成を
ただ我々は、他のアレルギー疾患が助成されるべきでないと考えているわけではない。近年のアレルギー疾患の増加に大気汚染が関与していることが過去の調査により示されているためだ。
スギ花粉症の実態についての疫学調査では、ダンプカーの往来する日光街道沿いの住民にスギ花粉症が発生している一方で、奥日光では発生しない状況から、ディーゼル排ガスが原因と示唆された。さらなる実験でディーゼル排ガスがアレルギー反応のアジュバントの役割を果たしていると判明している。
また気管支ぜん息疫学調査では神奈川県医師会が全県の患者調査を実施。二酸化窒素濃度と大型車両走行数が特に関与しているとの結果が示された。この結果からは道路沿道からの距離でぜん息発生数が影響を受けていることもわかる。
横浜市港北区にある小学校を対象としたアレルギー三大疾患(喘息、花粉症、アトピー性皮膚炎)疫学調査では、ワースト1位から5位までの小学校が5年間いつも同じ順位であった。その原因として三本の幹線道路に囲まれた地域であったことが考えられる。多いクラスでは三大疾患が40%超を占めていたほどである。
かようにアレルギー疾患の増加原因に大気汚染が強く関与している以上、現在のぜん息患者医療費助成制度と同等の助成を他の三大アレルギー疾患等に対して行うことが妥当であると考える。
自治体は住民に寄り添える最も近い行政機関
賢明な判断を求める
公害とは環境基本法によれば「事業活動その他の人の活動に伴って生ずる(中略)大気の汚染(中略)によって人の健康又は生活環境に係る被害が生ずるもの」である。川崎市のぜん息患者医療費助成制度の利用者には、明らかにこれに当たる被害を被った住民が多くいるであろう。住民に最も近い行政機関である自治体には、そうした被害者に背を向けることなく、寄り添う姿勢と制度存続に向けた賢明な判断を求めたい。
2022年11月25日