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2008/4/1 政策部長談話「特定健診の陥穽(かんせい)を衝く」
特定健診の陥穽を衝く
神奈川県保険医協会
政策部長 森 壽生
この4月より特定健診・保健指導(以下、「メタボ健診・指導」と略)が実施される。これまで市町村が実施していた基本健診が廃止となり、医療保険者が保険財源を基に予防・公衆衛生を代替することとなる。健診項目は従来のものからメタボリック症候群に特化しスリム化され、「早期発見・早期治療」から、「早期介入・行動変容」へと保健指導(健康づくり)偏重の体制へ転換される。市町村国保は各市町村の衛生部門から担当が変更になるだけではなく、これまで住民(基本)健診の対象だったいわゆるサラリーマンの妻(政管健保、各健保組合)の扱いや、市町村独自の上乗せ項目の扱い、受診券の配布など体制準備など整わず県内の市町村国保は4月実施は絶望的、早くても6月実施とされている。
これらは「医療費適正化」のみが主眼で、制度設計が杜撰だったために、五月雨式に確定してくる厚労省の通知が元凶である。そもそもこのメタボ健診・指導はEBMもなければ、昨年4月の「標準プログラム」確定前のモデル事業もRCT(ランダム化比較試験)ではなく、非常に拙劣であり、実施根拠が薄い。このことは05年11月、06年11月と当協会が担当の厚労省官僚との懇談の席上、再三指摘している。いままたメタボ健診・指導の象徴、腹囲基準でさえ厚労省のモデル事業として数値の妥当性が見直され始めている。このような混乱と狂騒が、日々広がり現場は大変である。
この上に立って、以下、3つに絞って問題点を指摘したい。
まず第1点は、特定健診受診後メタボリック症候群として指導の対象者が出た場合、指導による改善と非改善を集計してその達成率が悪いと保険者にペナルティを科すという点である。4月実施の後期高齢者医療制度への保険者からの支援金を、特定健診受診率70%、特定保健指導実施率45%、生活習慣病・メタボ症候群減少率10%を2012年度目標に、成績(達成率)が悪いと10%支援金が上乗せをされることになっている。保険者が国保であれ、組合健保であれ、現状では医療保険財源に余裕はなくその科料を誰が負担するのかという問題である。
現在の健診受診率は平均40%であり3年連続で減少している。その上、受診率の高い75歳以上の高齢者を対象から外すため70%は相当に高い。保健指導も健診受診率が95%と高い行政組織内の事業所健診後の保健指導でさえ実施率25%であり目標の45%も高い。まして、「健康日本21」で失敗している生活習慣病・メタボ症候群の「減少」の難しさは厚労省は一番知っているはずである。
ペナルティーのための指標(目標の達成度など)は依然と示されておらず、各医療保者は暗中模索のまま、この目標達成に駆り立てられる。この保険者へのペナルティーは、おそらくはすべての被保険者に均等に保険料の上乗せとなって徴収されることとなる。いきおい最も経済的に弱い被保険者が煽りを大きく受け、ツケが回ってくる。
よってこの仕組みのため、被保険者はメタボ健診・指導に取り組むことを強いられることになる。しかし、メタボリック症候群でない人たちが、なぜメタボリック症候群の非改善者から派生したペナルティ分を負担しなければならないのか。とりわけ健康保険法は社会保障の観点から、疾病・傷病に対し保険料でリスク分散するシステムをとっているが、疾患でもないメタボリック症候群をこのシステムに適用すること及びペナルティーを分散すること自体、合理性がない。健保法違反の疑いすら感じる。そもそも健康づくりは簡単ではない。医療現場で現在も過去の先達も多様な医療実践に悪戦苦闘してきている。単に国の支出を減らすための、巨大な仕掛けの感は拭えない。
それ以上に大問題は第2点、特定健診は壮大な「臨床実験」なのかという、疑問である。メタボ健診・指導で得られたデータは国が一元管理をし、35疾患のレセプトデータとの突合せ・解析をはじめ、厚生労働政策への反映などをさせることとなっている。それならば国民の個人情報を政策のためとはいえ、利用するということについて国民に説明して、同意を得たのだろうか?厚生労働省は治験や医師主導の臨床研究には被験者保護のため新GCP法に則り実施しなければならないと指導しているが、当該省は新GCP法の精神を遵守しているのか。非常に問題性が大きい。
第3点は、メタボ健診・指導の実施による「メタボ難民」の発生である。第1の問題と絡んでくるが、指導によって改善しなかった人たちがどのような影響を受けるだろうか。例えば、外資系の会社では虚血性心疾患などの疾病をもった職員はその疾患を隠している。なぜならば、会社の地位に絡んでくるからである。つまり自分の病気をコントロールできない人間に会社の管理などできるはずがないとされるからである。
さらに保険者に科せられたペナルティーの皺寄せは、必ず、もっとも弱いこの人たちに向かっていく。つまり非改善の「自己責任」が強調されていくことになる。企業健保の場合は、社内でのいじめ、昇進のストップ、はては賃金にも跳ね返ってくるだろう。その結果、メンタルクリニックに向かう「メタボ難民」が発生することを非常に危惧する。今次診療報酬改定は緊急課題に精神疾患対策がとられたが、これに逆行した状況が拡大していくことになる。
以上、メタボ健診・指導について3つの疑問に触れたが、マスコミ報道にもあるように、医療現場、医療保険者ともにこの制度の実施に懐疑的である。この時間とお金を空費、浪費し、社会的損失を拡大していく、この壮大な「社会実験」は、英断を持って白紙に戻すべきである。
2008年4月1日
特定健診の陥穽を衝く
神奈川県保険医協会
政策部長 森 壽生
この4月より特定健診・保健指導(以下、「メタボ健診・指導」と略)が実施される。これまで市町村が実施していた基本健診が廃止となり、医療保険者が保険財源を基に予防・公衆衛生を代替することとなる。健診項目は従来のものからメタボリック症候群に特化しスリム化され、「早期発見・早期治療」から、「早期介入・行動変容」へと保健指導(健康づくり)偏重の体制へ転換される。市町村国保は各市町村の衛生部門から担当が変更になるだけではなく、これまで住民(基本)健診の対象だったいわゆるサラリーマンの妻(政管健保、各健保組合)の扱いや、市町村独自の上乗せ項目の扱い、受診券の配布など体制準備など整わず県内の市町村国保は4月実施は絶望的、早くても6月実施とされている。
これらは「医療費適正化」のみが主眼で、制度設計が杜撰だったために、五月雨式に確定してくる厚労省の通知が元凶である。そもそもこのメタボ健診・指導はEBMもなければ、昨年4月の「標準プログラム」確定前のモデル事業もRCT(ランダム化比較試験)ではなく、非常に拙劣であり、実施根拠が薄い。このことは05年11月、06年11月と当協会が担当の厚労省官僚との懇談の席上、再三指摘している。いままたメタボ健診・指導の象徴、腹囲基準でさえ厚労省のモデル事業として数値の妥当性が見直され始めている。このような混乱と狂騒が、日々広がり現場は大変である。
この上に立って、以下、3つに絞って問題点を指摘したい。
まず第1点は、特定健診受診後メタボリック症候群として指導の対象者が出た場合、指導による改善と非改善を集計してその達成率が悪いと保険者にペナルティを科すという点である。4月実施の後期高齢者医療制度への保険者からの支援金を、特定健診受診率70%、特定保健指導実施率45%、生活習慣病・メタボ症候群減少率10%を2012年度目標に、成績(達成率)が悪いと10%支援金が上乗せをされることになっている。保険者が国保であれ、組合健保であれ、現状では医療保険財源に余裕はなくその科料を誰が負担するのかという問題である。
現在の健診受診率は平均40%であり3年連続で減少している。その上、受診率の高い75歳以上の高齢者を対象から外すため70%は相当に高い。保健指導も健診受診率が95%と高い行政組織内の事業所健診後の保健指導でさえ実施率25%であり目標の45%も高い。まして、「健康日本21」で失敗している生活習慣病・メタボ症候群の「減少」の難しさは厚労省は一番知っているはずである。
ペナルティーのための指標(目標の達成度など)は依然と示されておらず、各医療保者は暗中模索のまま、この目標達成に駆り立てられる。この保険者へのペナルティーは、おそらくはすべての被保険者に均等に保険料の上乗せとなって徴収されることとなる。いきおい最も経済的に弱い被保険者が煽りを大きく受け、ツケが回ってくる。
よってこの仕組みのため、被保険者はメタボ健診・指導に取り組むことを強いられることになる。しかし、メタボリック症候群でない人たちが、なぜメタボリック症候群の非改善者から派生したペナルティ分を負担しなければならないのか。とりわけ健康保険法は社会保障の観点から、疾病・傷病に対し保険料でリスク分散するシステムをとっているが、疾患でもないメタボリック症候群をこのシステムに適用すること及びペナルティーを分散すること自体、合理性がない。健保法違反の疑いすら感じる。そもそも健康づくりは簡単ではない。医療現場で現在も過去の先達も多様な医療実践に悪戦苦闘してきている。単に国の支出を減らすための、巨大な仕掛けの感は拭えない。
それ以上に大問題は第2点、特定健診は壮大な「臨床実験」なのかという、疑問である。メタボ健診・指導で得られたデータは国が一元管理をし、35疾患のレセプトデータとの突合せ・解析をはじめ、厚生労働政策への反映などをさせることとなっている。それならば国民の個人情報を政策のためとはいえ、利用するということについて国民に説明して、同意を得たのだろうか?厚生労働省は治験や医師主導の臨床研究には被験者保護のため新GCP法に則り実施しなければならないと指導しているが、当該省は新GCP法の精神を遵守しているのか。非常に問題性が大きい。
第3点は、メタボ健診・指導の実施による「メタボ難民」の発生である。第1の問題と絡んでくるが、指導によって改善しなかった人たちがどのような影響を受けるだろうか。例えば、外資系の会社では虚血性心疾患などの疾病をもった職員はその疾患を隠している。なぜならば、会社の地位に絡んでくるからである。つまり自分の病気をコントロールできない人間に会社の管理などできるはずがないとされるからである。
さらに保険者に科せられたペナルティーの皺寄せは、必ず、もっとも弱いこの人たちに向かっていく。つまり非改善の「自己責任」が強調されていくことになる。企業健保の場合は、社内でのいじめ、昇進のストップ、はては賃金にも跳ね返ってくるだろう。その結果、メンタルクリニックに向かう「メタボ難民」が発生することを非常に危惧する。今次診療報酬改定は緊急課題に精神疾患対策がとられたが、これに逆行した状況が拡大していくことになる。
以上、メタボ健診・指導について3つの疑問に触れたが、マスコミ報道にもあるように、医療現場、医療保険者ともにこの制度の実施に懐疑的である。この時間とお金を空費、浪費し、社会的損失を拡大していく、この壮大な「社会実験」は、英断を持って白紙に戻すべきである。
2008年4月1日