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2008/6/3 政策部長談話「果たして『人道的使用』なのか?治験"空洞化"を加速する生保患者への未承認薬の公費給付に、疑問を呈する」

果たして「人道的使用」なのか?

治験"空洞化"を加速する生保患者への未承認薬の公費給付に、疑問を呈する

 

神奈川県保険医協会

政策部長 森 壽生


 厚労省社会援護局は、3月12日、生活保護受給者に対し、国内治験未実施の未承認薬を「人道的使用」に際し公費で供給することを認めた。マスコミはこれを好意的に報道したが、医学的見地や薬事法制や医療保険制度との関連で非常に疑問が多く、治験軽視、医療保険の形骸化・混合診療の定着策の面も否めず、「人体実験」さえ連想させかねない。この間、生保患者へのジェネリック使用の強要問題の影に隠れ、見過された感があるが、われわれはこの動きに大きな疑問を呈すとともに、関係方面の再考を強く求めるものである。

 

 生活保護受給者の医療(医療扶助)は公費で賄われ、差額ベッドや未承認薬使用などの保険外併用療養は給付対象となっていない。一方、一般の医療保険において未承認医薬品は?治験段階にあるもの、?治験終了後の承認申請中のものについて、薬剤を自費負担とする保険外併用療養として給付が認められている。その生保患者への未承認薬使用について、「特別基準」を定め例外的に給付を認める通知が保護課長名で今回出されたのである。

 その内容だが、(1)対象薬は「未承認薬使用問題検討会義」で早期承認が必要と判断された医薬品(治験が実施されていない場合を含む)、(2)使用の判断基準として1)生命維持に直接影響があると認められる、2)代替医薬品が無い、または代替医薬品では効果が得られない、3)主治医の責任の下での未承認薬の適切な管理、の3点とし、(3)手続きとして、主治医の誓約書の提出と主治医以外の医師による診断書等の提出―などとなっている。

 

 そもそも未承認薬使用については04年末の「混合診療の解禁騒動」の際に、保険外併用療養が妥協の産物として生まれ使用範囲の緩和が図られた。また、使用要望の強い未承認薬については今後、新設の「未承認薬使用問題検討会議」で諮り、医師主導治験も含め確実な治験の実施と承認・販売につなげていくと合意がなされた。当初、検討会議の俎上に上った段階から保険外併用療養として使用が可能との話もあったが、あくまでも「治験」が前提とされたのである。

 

 治験とは厳格な新GCP(治験実施基準)に則り被験者同意、被害や副作用の際の補償など人権に配慮し、データ集積とともに有効性と安全性を確認する臨床試験である。また民族差による医薬品の吸収・分解・効果・効能などの相違を踏まえ、日本人による国内治験は未承認薬の承認に必須となっている。

 

 今回の生保通知では、この治験を前提としない使用を認める点で、これまでの禁を大きく破ることになる。当然ながら、「未承認薬使用問題検討会議」での検討対象薬は安全性と有効性の担保はないものであり、それは厚労省の担当官僚さえも認めている。

 しかも使用の判断基準として採用されている3点は「人道的使用」(コンパッショネートユース:Compassionate Use)と欧米でいわれるものだが、日本では制度化されておらず未承認薬の供給体制に疑問が残る。実際、個人輸入は質の担保がなく、製薬メーカーの介在が必須であり、ゆえにコンパッショネートユースの制度化を「有効で安全な医薬品を迅速に提供するための検討会」(医薬食品局管轄)が昨年7月に報告書で提唱したのである。この未承認薬の輸入・販売による限定使用(コンパッショネートユース)に、ドラッグラグ(外国承認薬の不存在や承認タイムラグ)の救済の期待をもつ向きもあるが、依然として制度化は五里霧中である。

 よって、被害や副作用の補償は制度的には無く、未承認薬使用にあたって、主治医が厚生労働大臣に提出する「誓約書」に"医師の責任の下に使用されるものであるので、一切の責任を医師が負う"旨の記載が求められている。

 

 コンパッショネートユースは限定措置だが、治験とは違い科学的な臨床データの蓄積にはつながらず、常態化すれば、製薬メーカーの国内治験の意志、意欲の無さの隠れ蓑となる。未承認薬の使用実績のみを積み重ね既成事実化するものとの指摘は否めない。事実、検討会の議論の端々や、瞬時に意味の取れない外来語のままの制度提案にそれらが垣間見える。

 

 更には、未承認薬は自費ではなく公費(医療扶助)で給付すると担当の保護課はしており、医療保険との整合性も欠いている。

 報道では多発性骨髄種の抗がん剤、サリドマイドが例に出されたが、個人輸入で圧倒的シェアを占めるこの薬も、現在は承認申請がなされており、適正使用ガイドラインも示され、あとは承認申請を待つだけである。

 

 以上に見るように生保患者の未承認薬使用は、治験を蔑ろにした使用の既成事実化の危険性を孕み、昨今、問題となっている治験の空洞化を促進する。とりわけ、有効性と安全性の担保の無いものを、全て医師の自己責任で対応することを国が強要するシステムは言語道断である。既に高度医療評価制度が今年発足し、治験を前提としない未承認薬の使用が大学病院等の先進医療において認められているだけに、この一連の動きは非常に問題である。

 医療は平等消費が、皆保険や健保法の理念からいっても当然である。未承認薬の存在を、階層消費化となる混合診療に解決を求めるのは本末転倒であり、ましてそれに乗じて治験を軽視するのはもってのほかである。

 

 未承認薬は、製薬メーカーの姿勢が第一の問題であり厚生労働省の責任が重い。ICHガイドライン(日米EU医薬品規制整合化国際会議)により治験期間の短縮と費用の節約の目的で新薬の製造承認に要する資料の共有化が図られてはいるが、結局は治験体制の強化や承認の迅速化や審査人員体制の強化が、課題なのである。

 

 われわれは、人道的使用の美名の下、治験空洞化を加速させ、安全性と有効性が担保されない医療を医師の自己責任で実施させる、この生保の未承認薬の公費給付制度に反対するとともに、関係方面への再考を強く求めるものである。

2008年6月3日

 

果たして「人道的使用」なのか?

治験"空洞化"を加速する生保患者への未承認薬の公費給付に、疑問を呈する

 

神奈川県保険医協会

政策部長 森 壽生


 厚労省社会援護局は、3月12日、生活保護受給者に対し、国内治験未実施の未承認薬を「人道的使用」に際し公費で供給することを認めた。マスコミはこれを好意的に報道したが、医学的見地や薬事法制や医療保険制度との関連で非常に疑問が多く、治験軽視、医療保険の形骸化・混合診療の定着策の面も否めず、「人体実験」さえ連想させかねない。この間、生保患者へのジェネリック使用の強要問題の影に隠れ、見過された感があるが、われわれはこの動きに大きな疑問を呈すとともに、関係方面の再考を強く求めるものである。

 

 生活保護受給者の医療(医療扶助)は公費で賄われ、差額ベッドや未承認薬使用などの保険外併用療養は給付対象となっていない。一方、一般の医療保険において未承認医薬品は?治験段階にあるもの、?治験終了後の承認申請中のものについて、薬剤を自費負担とする保険外併用療養として給付が認められている。その生保患者への未承認薬使用について、「特別基準」を定め例外的に給付を認める通知が保護課長名で今回出されたのである。

 その内容だが、(1)対象薬は「未承認薬使用問題検討会義」で早期承認が必要と判断された医薬品(治験が実施されていない場合を含む)、(2)使用の判断基準として1)生命維持に直接影響があると認められる、2)代替医薬品が無い、または代替医薬品では効果が得られない、3)主治医の責任の下での未承認薬の適切な管理、の3点とし、(3)手続きとして、主治医の誓約書の提出と主治医以外の医師による診断書等の提出―などとなっている。

 

 そもそも未承認薬使用については04年末の「混合診療の解禁騒動」の際に、保険外併用療養が妥協の産物として生まれ使用範囲の緩和が図られた。また、使用要望の強い未承認薬については今後、新設の「未承認薬使用問題検討会議」で諮り、医師主導治験も含め確実な治験の実施と承認・販売につなげていくと合意がなされた。当初、検討会議の俎上に上った段階から保険外併用療養として使用が可能との話もあったが、あくまでも「治験」が前提とされたのである。

 

 治験とは厳格な新GCP(治験実施基準)に則り被験者同意、被害や副作用の際の補償など人権に配慮し、データ集積とともに有効性と安全性を確認する臨床試験である。また民族差による医薬品の吸収・分解・効果・効能などの相違を踏まえ、日本人による国内治験は未承認薬の承認に必須となっている。

 

 今回の生保通知では、この治験を前提としない使用を認める点で、これまでの禁を大きく破ることになる。当然ながら、「未承認薬使用問題検討会議」での検討対象薬は安全性と有効性の担保はないものであり、それは厚労省の担当官僚さえも認めている。

 しかも使用の判断基準として採用されている3点は「人道的使用」(コンパッショネートユース:Compassionate Use)と欧米でいわれるものだが、日本では制度化されておらず未承認薬の供給体制に疑問が残る。実際、個人輸入は質の担保がなく、製薬メーカーの介在が必須であり、ゆえにコンパッショネートユースの制度化を「有効で安全な医薬品を迅速に提供するための検討会」(医薬食品局管轄)が昨年7月に報告書で提唱したのである。この未承認薬の輸入・販売による限定使用(コンパッショネートユース)に、ドラッグラグ(外国承認薬の不存在や承認タイムラグ)の救済の期待をもつ向きもあるが、依然として制度化は五里霧中である。

 よって、被害や副作用の補償は制度的には無く、未承認薬使用にあたって、主治医が厚生労働大臣に提出する「誓約書」に"医師の責任の下に使用されるものであるので、一切の責任を医師が負う"旨の記載が求められている。

 

 コンパッショネートユースは限定措置だが、治験とは違い科学的な臨床データの蓄積にはつながらず、常態化すれば、製薬メーカーの国内治験の意志、意欲の無さの隠れ蓑となる。未承認薬の使用実績のみを積み重ね既成事実化するものとの指摘は否めない。事実、検討会の議論の端々や、瞬時に意味の取れない外来語のままの制度提案にそれらが垣間見える。

 

 更には、未承認薬は自費ではなく公費(医療扶助)で給付すると担当の保護課はしており、医療保険との整合性も欠いている。

 報道では多発性骨髄種の抗がん剤、サリドマイドが例に出されたが、個人輸入で圧倒的シェアを占めるこの薬も、現在は承認申請がなされており、適正使用ガイドラインも示され、あとは承認申請を待つだけである。

 

 以上に見るように生保患者の未承認薬使用は、治験を蔑ろにした使用の既成事実化の危険性を孕み、昨今、問題となっている治験の空洞化を促進する。とりわけ、有効性と安全性の担保の無いものを、全て医師の自己責任で対応することを国が強要するシステムは言語道断である。既に高度医療評価制度が今年発足し、治験を前提としない未承認薬の使用が大学病院等の先進医療において認められているだけに、この一連の動きは非常に問題である。

 医療は平等消費が、皆保険や健保法の理念からいっても当然である。未承認薬の存在を、階層消費化となる混合診療に解決を求めるのは本末転倒であり、ましてそれに乗じて治験を軽視するのはもってのほかである。

 

 未承認薬は、製薬メーカーの姿勢が第一の問題であり厚生労働省の責任が重い。ICHガイドライン(日米EU医薬品規制整合化国際会議)により治験期間の短縮と費用の節約の目的で新薬の製造承認に要する資料の共有化が図られてはいるが、結局は治験体制の強化や承認の迅速化や審査人員体制の強化が、課題なのである。

 

 われわれは、人道的使用の美名の下、治験空洞化を加速させ、安全性と有効性が担保されない医療を医師の自己責任で実施させる、この生保の未承認薬の公費給付制度に反対するとともに、関係方面への再考を強く求めるものである。

2008年6月3日