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2010/6/3 政策部長談話「患者の療養権と医療機関の裁量権を奪う 入院患者の他科受診制限の撤回を求める」

患者の療養権と医療機関の裁量権を奪う

入院患者の他科受診制限の撤回を求める

神奈川県保険医協会

政策部長  桑島 政臣


 今次診療報酬改定で導入された入院患者の他科受診制限は医療現場に混乱をきたしている。6月1日の参院厚労委員会で長妻厚労大臣は「見直し」を約束したものの、答弁内容からみて外来での投薬制限の解除に限定されている感がある。2日の中医協でも投薬制限に絞って通知変更が合意されている。医療現場の現実や医療機関の連携状況、患者の受療動向を踏まえ、机上プランのこの受診制限を撤廃することを求める。

 

 現実の社会では糖尿病や喘息で外来治療中の患者が骨折して、整形外科の専門病院で入院となったり、皮膚疾患や精神疾患で外来治療中の患者が白内障手術や胃がんの手術で、眼科専門病院や胃腸外科の病院に入院したりする。このような場合は入院患者がタクシーなどを使い外来治療を受けにいったり、家族が薬剤をとりにいったりしている。

 あたりまえだが、生活圏に総合病院や大学病院、基幹病院が必ずしもなく、専門病院や診療所の医療連携で地域医療が成り立っているところは数多くある。

 

 4月実施の診療報酬改定では、これまで制限のなかった出来高病棟や有床診療所に入院中の患者が、別の医療機関の他科目の診療を受けた場合に、医療機関の診療報酬が大幅減額や不払いとなる大掛かりな制限が導入されている。具体的には、入院側は病院収入の柱である「入院基本料」の30%減額、外来側は投薬、注射、インスリン(糖尿病)やインターフェロンα製剤(B型・C型肝炎)などの在宅自己注射指導管理、リハビリ、医学管理に関する費用は、医療提供をしても診療報酬が支払われないこととなった。つまり、先述の医療連携を禁止したに等しい。

 厚労省は、外来側の医師が入院先に赴く対診か他の医療機関への転医を原則とするとしているが、現実的ではない。また外来側の情報提供書により入院側で専門外の投薬と管理をするよう合わせて通知を出しているが、乱暴な話である。

 よって、4月からこの件について当協会への医療機関からの相談、問い合わせは連日引きを切らず、愕然、唖然、呆然とし、落胆や困惑とともに憤りが広がっている。

 

 医療課長通知で規定された今回の受診制限は法の本旨からいって、外れている。

 

 健保法では、第69条第1項で医療の範囲(「療養の給付」)を規定し、第3項で患者は自己の選定する医療機関で受診(フリーアクセス)できること、第70条では医療機関(保険医療機関)の責務、第72条では医師(保険医)の責務を定め、省令の療養担当規則に仔細を委ねている。そこでは、医療機関は患者に妥当適切な医療を提供しなければならないこと(第2条第1項、第2項)、医師は必要に応じ妥当適切な診療をしなければならない(第12条)とされている。また患者の疾病が自己の専門外の場合はほかの医療機関への転医または他の医療機関からの医師の対診などの適切な措置を講じなければならない(第16条)とされている。

 

 これが通知に優先する大原則である。つまり、医療給付は医療機関単位で患者へ必要に応じて提供されるべきものであり、保険医の裁量で適切な連携をとることを法が課しているのである。

 

 入院中の患者が別の医療機関を受診する際は、入院側の「外出許可」の下に行われ、受診後は入院側の医学管理の下、同日に入院治療の継続となる。

 患者の外泊時には入院基本料が85%減額となるが、これは患者の病状が寛解、安定し、「外泊許可」の下、入院の医学管理を外れるためである。

 入院治療は必要性があり「入院」となり、入院時の医学管理が行われている。その経済評価は入院基本料で評価しており、外出許可の判断や外来受診後の管理を含め入院時の医学管理であり、別の医療機関に入院患者が受診しようが、その評価は少しも変わるものではない。医療安全や医療事故の責任を入院側は負っている。入院基本料とは、それまでの入院時医学管理料、看護料、室料を一本化した点数として2000年改定で導入されたものである。

 一方、外来側も専門領域の治療の医学管理を行っているのであり、入院側の管理と評価内容が重なるものではない。診療報酬上も疾病に応じた多種類の医学管理料の項目評価が外来で設定されており、入院基本料も医師数・看護師数や機能に応じた多種類の評価が設定されており、全く別物である。外来での投薬しかり、注射、リハビリも同様である。

 

 そもそも、この入院患者の他受診制限は中医協で09年11月13日に遠藤会長(公益:学習院大教授)が、12月16日に中島委員(支払側:連合・総合政策局長)が問題提起し、12月18日に事務局の厚労省保険局医療課より具体案が示され、十分な議論もないまま導入されたものである。しかも当初案は外来側で診療をしても診療報酬の算定を認めず、合議で入院側が外来側の医療機関に金銭を支払うとされていた。さすがに、健保法を無視できないため初診・再診料などの算定は認めることとなったと思われるが、この12月18日の議事録は当会が指摘した5月下旬まで、これだけが公開されておらず、不透明感は拭いされない。問題はこれだけにとどまらない。

 

 今次改定で、75歳以上を対象とした後期高齢者診療料は廃止され、1医療機関完結型の登録医制が一見引っ込んだように見える。しかし、医学管理料を包括した生活習慣病管理料の対象年齢が全年齢に広がり、75歳以上も対象となった。また、いまは事実上、死文化しているが、対象疾病の異なる医学管理料であっても、複数の医療機関での算定を認めない「主病ルール」通知は依然と存在している。国保中央会は、患者と医療機関を1対1の関係性に縛り付ける「総合医」を執拗なまでに提案している。

 既に入院期間については、3か月以内の同一疾病の入院の場合は、複数の医療機関に入院しても期間通算し180日を限度に保険給付が大幅減額となり、超過日数分は差額診療の対象とされている。

 リハビリなど保険給付を180日で打ち止めとする動きと合わせ、患者の医療提供を1医療機関に限定する歩みが着実に進みだしている。

 2013年に診療報酬の電子請求がレセプトの9割となる。全医療機関の電子データは瞬時に突合をされる。これを見込んで、給付の縮小、限定化に向け準備がなされている。

 

 医学医療の発展、専門分科が進む中、1つの医療機関で患者の全ての治療に対応するのは不可能である。現実社会をもっと冷静に真摯にみるべきであり、官僚諸氏は医療現場に足を運ぶべきである。

 

 医療費抑制のために、フリーアクセスや医師の自由裁量権など世界一の評価を築いた日本医療の特性を台無しにするのは愚の骨頂である。覆水盆に返らず。現実離れした入院患者の他科受診制限を即刻、廃止することを強く求める。


2010年6月3日

患者の療養権と医療機関の裁量権を奪う

入院患者の他科受診制限の撤回を求める

神奈川県保険医協会

政策部長  桑島 政臣


 今次診療報酬改定で導入された入院患者の他科受診制限は医療現場に混乱をきたしている。6月1日の参院厚労委員会で長妻厚労大臣は「見直し」を約束したものの、答弁内容からみて外来での投薬制限の解除に限定されている感がある。2日の中医協でも投薬制限に絞って通知変更が合意されている。医療現場の現実や医療機関の連携状況、患者の受療動向を踏まえ、机上プランのこの受診制限を撤廃することを求める。

 

 現実の社会では糖尿病や喘息で外来治療中の患者が骨折して、整形外科の専門病院で入院となったり、皮膚疾患や精神疾患で外来治療中の患者が白内障手術や胃がんの手術で、眼科専門病院や胃腸外科の病院に入院したりする。このような場合は入院患者がタクシーなどを使い外来治療を受けにいったり、家族が薬剤をとりにいったりしている。

 あたりまえだが、生活圏に総合病院や大学病院、基幹病院が必ずしもなく、専門病院や診療所の医療連携で地域医療が成り立っているところは数多くある。

 

 4月実施の診療報酬改定では、これまで制限のなかった出来高病棟や有床診療所に入院中の患者が、別の医療機関の他科目の診療を受けた場合に、医療機関の診療報酬が大幅減額や不払いとなる大掛かりな制限が導入されている。具体的には、入院側は病院収入の柱である「入院基本料」の30%減額、外来側は投薬、注射、インスリン(糖尿病)やインターフェロンα製剤(B型・C型肝炎)などの在宅自己注射指導管理、リハビリ、医学管理に関する費用は、医療提供をしても診療報酬が支払われないこととなった。つまり、先述の医療連携を禁止したに等しい。

 厚労省は、外来側の医師が入院先に赴く対診か他の医療機関への転医を原則とするとしているが、現実的ではない。また外来側の情報提供書により入院側で専門外の投薬と管理をするよう合わせて通知を出しているが、乱暴な話である。

 よって、4月からこの件について当協会への医療機関からの相談、問い合わせは連日引きを切らず、愕然、唖然、呆然とし、落胆や困惑とともに憤りが広がっている。

 

 医療課長通知で規定された今回の受診制限は法の本旨からいって、外れている。

 

 健保法では、第69条第1項で医療の範囲(「療養の給付」)を規定し、第3項で患者は自己の選定する医療機関で受診(フリーアクセス)できること、第70条では医療機関(保険医療機関)の責務、第72条では医師(保険医)の責務を定め、省令の療養担当規則に仔細を委ねている。そこでは、医療機関は患者に妥当適切な医療を提供しなければならないこと(第2条第1項、第2項)、医師は必要に応じ妥当適切な診療をしなければならない(第12条)とされている。また患者の疾病が自己の専門外の場合はほかの医療機関への転医または他の医療機関からの医師の対診などの適切な措置を講じなければならない(第16条)とされている。

 

 これが通知に優先する大原則である。つまり、医療給付は医療機関単位で患者へ必要に応じて提供されるべきものであり、保険医の裁量で適切な連携をとることを法が課しているのである。

 

 入院中の患者が別の医療機関を受診する際は、入院側の「外出許可」の下に行われ、受診後は入院側の医学管理の下、同日に入院治療の継続となる。

 患者の外泊時には入院基本料が85%減額となるが、これは患者の病状が寛解、安定し、「外泊許可」の下、入院の医学管理を外れるためである。

 入院治療は必要性があり「入院」となり、入院時の医学管理が行われている。その経済評価は入院基本料で評価しており、外出許可の判断や外来受診後の管理を含め入院時の医学管理であり、別の医療機関に入院患者が受診しようが、その評価は少しも変わるものではない。医療安全や医療事故の責任を入院側は負っている。入院基本料とは、それまでの入院時医学管理料、看護料、室料を一本化した点数として2000年改定で導入されたものである。

 一方、外来側も専門領域の治療の医学管理を行っているのであり、入院側の管理と評価内容が重なるものではない。診療報酬上も疾病に応じた多種類の医学管理料の項目評価が外来で設定されており、入院基本料も医師数・看護師数や機能に応じた多種類の評価が設定されており、全く別物である。外来での投薬しかり、注射、リハビリも同様である。

 

 そもそも、この入院患者の他受診制限は中医協で09年11月13日に遠藤会長(公益:学習院大教授)が、12月16日に中島委員(支払側:連合・総合政策局長)が問題提起し、12月18日に事務局の厚労省保険局医療課より具体案が示され、十分な議論もないまま導入されたものである。しかも当初案は外来側で診療をしても診療報酬の算定を認めず、合議で入院側が外来側の医療機関に金銭を支払うとされていた。さすがに、健保法を無視できないため初診・再診料などの算定は認めることとなったと思われるが、この12月18日の議事録は当会が指摘した5月下旬まで、これだけが公開されておらず、不透明感は拭いされない。問題はこれだけにとどまらない。

 

 今次改定で、75歳以上を対象とした後期高齢者診療料は廃止され、1医療機関完結型の登録医制が一見引っ込んだように見える。しかし、医学管理料を包括した生活習慣病管理料の対象年齢が全年齢に広がり、75歳以上も対象となった。また、いまは事実上、死文化しているが、対象疾病の異なる医学管理料であっても、複数の医療機関での算定を認めない「主病ルール」通知は依然と存在している。国保中央会は、患者と医療機関を1対1の関係性に縛り付ける「総合医」を執拗なまでに提案している。

 既に入院期間については、3か月以内の同一疾病の入院の場合は、複数の医療機関に入院しても期間通算し180日を限度に保険給付が大幅減額となり、超過日数分は差額診療の対象とされている。

 リハビリなど保険給付を180日で打ち止めとする動きと合わせ、患者の医療提供を1医療機関に限定する歩みが着実に進みだしている。

 2013年に診療報酬の電子請求がレセプトの9割となる。全医療機関の電子データは瞬時に突合をされる。これを見込んで、給付の縮小、限定化に向け準備がなされている。

 

 医学医療の発展、専門分科が進む中、1つの医療機関で患者の全ての治療に対応するのは不可能である。現実社会をもっと冷静に真摯にみるべきであり、官僚諸氏は医療現場に足を運ぶべきである。

 

 医療費抑制のために、フリーアクセスや医師の自由裁量権など世界一の評価を築いた日本医療の特性を台無しにするのは愚の骨頂である。覆水盆に返らず。現実離れした入院患者の他科受診制限を即刻、廃止することを強く求める。


2010年6月3日