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再生と矜持、盤石な国民の口腔保健をめざす 歯科医療の政策提言(案)
再生と矜持、盤石な国民の口腔保健をめざす
歯科医療の政策提言(案)
神奈川県保険医協会政策部
2009.7.30
■はじめに ―瓦解しかけている歯科医療―
医療崩壊が人口に膾炙し多くの国民の知るところとなったが、歯科医療においては公的制度の発足当初からの歯科軽視、高度成長期の差額徴収や無策な歯科医師養成、バブル崩壊後の診療報酬マイナス改定の連続の下、歯科医療機関の経営基盤は揺らぎ、年収300万円以下のワーキングプアの開業歯科医師が全体の1/4に達するまでになっている。このことはひとえに歯科医師やスタッフの身分保障の問題にとどまらない。口腔内に装着する技工物の海外委託作製(委託率6.7%:全国保険医団体連合会調査)など、安全性・質が蔑ろにされる危険にさらされ、歯科治療要求に満足に応えられなくなっていくことを意味している。
われわれは、歯科医療を再生し、歯科医療に関わる医療者が矜持と意欲をもって専門性を発揮し、日進月歩の歯科医学と時代環境に応じた患者要求を満たし、盤石な国民の口腔保健が実現できるよう、ここに政策提言を行い国民的議論に付したい。
提言は喫緊の課題を中心に、以下6本の柱にまとめられる。仔細は各論で触れる。
1. 歯科医師需給の合理的是正 5.診療報酬の大幅改善 |
【政策提言(骨子)】
■歯科医療の現場で何が起きているのか
―経営努力の限界と質・安全の低下、劣化の危険―
1. 歯科医療機関経営の実態
歯科医療費はここ10年で2兆5,430億円('96)から2兆5,039億円('06)へと▲1.5%とダウンしている。医療費全体における構成割合も96年の8.9%から06年の7.6%へと10年間で1.3ポイント下げている。この間に全体の医療費は28兆4,542億円から33兆1,276億円へと+16.4%の増加を見せており、歯科医療費は異常な状況にある。97年の健保2割負担導入、02年老人1割定率負担の導入、03年の健保3割負担導入と、患者窓口負担の引き上げにより患者数・受診日数が減少。98年の診療報酬マイナス改定以降、実質6回連続マイナス改定の累計▲8.4%による日当点(1日当りの点数)の減少が大きく作用している。
実際、平成19年度の中医協・医療経済実態調査で保険収入が▲1.9%(17年度対比、以下同じ)、医業費用が+5.5%、事業所としての収支差額が▲13.3%、(実額▲17.5万円で1,151,157円(月額))、と悪化している。これらは平均の数値だが、最頻階級の収支差額は763,070円(月額)でしかなく、平均から40万円も低い。
ここから、設備更新費用、建物等改築・修繕積立金、借入金返済、税金、院長収入が計上されていくことになる。ちなみに年間の負債合計は2,719万4,233円(うち借入金2,124万8,591円)、年間設備投資額446万5,256円、年間税負担額(所得税・法人税、住民税、事業税)185万3,780円である。
歯科診療所全体の15%を占める法人医療機関の院長の年収は1,380万円、勤務医713万円と他業種や、大企業管理職と比べても決して高いものではない。このような中、年収300万円以下のワーキングプアが3割との報道がなされてもおり、経営基盤が脆弱となっている。またこれを投影する形で、08年度の歯学部受験者数が減少に転じている。
つまり、歯科医療の現状は、歯科医療従事者が専門性を十分に発揮しうる、魅力ある状況にないということである。このことは歯科医療機関の地滑り的な淘汰・消失、優秀な人材の確保難を招来し、将来的に歯科医療の技術・治療方法の安定的継承や、質の担保・向上、安全性を危うくすることとなる。
われわれは、この問題意識と危機感の上に立ち、現状分析と将来に向けた提言をここに示すものである。この提言が歯科医療の向上の一石となることを期待したい。
2.歯科医療をめぐる3つの構造問題
現在、歯科医療が抱える構造的な問題の一つは、将来見通しを欠いた歯科医師養成による、いわゆる供給過剰、需給ミスマッチがある。もうひとつは、皆保険発足以来の歯科における保険給付の充実の放置、歯科軽視の連綿とした施策である。更には80年代を転機とした低医療費政策とその強化、医療費抑制策(診療報酬のマイナス改定と患者負担3割化)がある。この3つの構造的問題が、結果として「過当競争」を生み、歯科医療需要を潜在化させ、経営基盤を弱体化させたのである。
3.歯科医師需給のミスマッチ
まず、無定見な歯科医師の需給ミスマッチについて触れる。「医療崩壊」が顕在化し、政府も認めた医師不足とは逆に、日本の人口10万対比の歯科医師数は75人('04)とOECD加盟30カ国の平均62人を大きく上回っている。当会の推計では2020年には100人に達し、現在のデンマーク、アイスランドと同水準となり、これを上回るのはギリシャしかない状況となる。1980年のWHOの警告以来、世界の趨勢は米国をはじめ入学定員の抑制の方向で推移しているが、日本の現状はこれに逆行している。
日本の対GDPの歯科医療費は0.5%で加盟21カ国中9位('04)と中位にあるが、今後、現行水準で改善がなく医療費規模が推移するとすれば、現在の3割増しの歯科医師数となった暁には、競合が激化し、多くの医療機関が経営破たんとなる。この状況の放置は一刻の猶予もない。
4.歯科医学・医療の公的制度における軽視
皆保険制度発足以前の、健保法発足時点から、歯科医療の経済評価(一点単価)は医科の1/2とされ、この歯科軽視政策が連綿と続いている。歯科は富国強兵に寄与しないという明治以来の口腔疾患の軽視・差別がその根底にある。皆保険により一点単価は医科歯科同一とされたが、初診料、再診料は医科が270点、71点、歯科が182点、40点と歯科は医科の2/3程度とされてきた。新規技術の導入も国会で問題にされ08年に新たに接着ブリッジによる欠損補綴など6項目が導入されるまで、実に20年間にわたって新規導入が放置され続けた。
また、検査のスタディモデルが36年間、チェックバイトが25年間、除去が31年間、難抜歯が21年間など14項目の診療報酬点数が長期間にわたり据え置かれている。これは70年代の料金で現代の治療を行っているということである。これらのことに「軽視」「差別」が如実に象徴されている。
90年代初頭まで診療報酬改定は、薬価引き下げを財源に技術料に振り替えるという手法がとられており、引き下げ財源のない歯科は一層、苦境に陥り、98年度のマイナス改定以降は惨憺たる経営状況となっている。
養成においても歯科大学・歯学部は皆保険発足当時の7校(国立2、公立1、私立4)が、歯科需要の急増に対応し29校となったものの定員2,657名中、国公立は720名('08)と3割にみたず、民間に委ねてきており、ここにも歯科軽視が見てとれる。
5.差額徴収の罪悪
歯科軽視施策を土台に、1.皆保険による患者急増、2.経済成長による国民所得の伸長、3.医療保険での基礎的技術水準の改善の停滞、4.補綴、保存の医療技術水準の向上と公的保険との乖離を背景に、1955年に健保財政の赤字を理由に日歯は差額聴取を認めて大学水準の歯科医療の実施を厚生省(当時)に要求する。これを受け通称「7人委員会」が金合金使用の差額徴収を認める提言を出し、1955年通達により差額徴収が制度化された。
しかし、歯科医師不足を背景に、違法差額の横行が社会問題化し、遂には国会での政治問題へと発展。国民に混乱を来たし、怨嗟の的となる中、76年6月の差額徴収廃止の通達がだされる。材料差額といいつつも、「言い値」の自由診療は、保険診療の低下分を補填する形となり、結果的には「技術料差額」となった。日医は制度を破壊する技術料差額は認められないと批判。日歯の反対を押し切る形で、材料差額に限定する通知を出す。これに対し日歯は適正評価のない中での限定なので、「歯科医療は崩壊する」と声明を出し応酬。同年の欠損・補綴の自費移行を認める折衷的通知により、法的には矛盾した混合診療が合法化され、根本的な解決のないまま現在に至っている。段階的解消も一部着手されたのみで頓挫、放置された。
歯科差額は、歯科医療へのイメージを大きくダウンさせ、依然と「保険が効かない」との誤解は払拭されていない。またこの差額徴収の制度化により歯科保険医療の低質・固定化が決定的となった面が強い。
すでに医師と歯科医師の所得格差は100:78.0(93年)から100:52.5(01年)までに開いている。サラリーマンの平均的な退職金以上の学費をつぎ込み養成した歯科医師の年収が300万円以下という状態は極めて異常であり、脱保険の温床となりかねず、歯科医療保険の劣化が非常に危惧される。昨今の「湘南宣言」や補綴の保険外しの学会の企図が明るみになる状況では、より一層この問題は重要性を増している。
6.歯科医師、スタッフの就労環境
1施設あたり従業員は4.8人(歯科医師1.3人、歯科衛生士1.2人、歯科技工士0.2人、事務職員0.8人、その他職員1.1人)(「H19中医協・医療経済実態調査」)となっており、無給の家族従事者0.2人を必要としている。また1日当たり平均24人の患者を診ている。これは平均像だが、76%の診療所は1人歯科医師で、4割が常勤歯科衛生士がおらず、8割が歯科技工士をおいていない。患者数は1日0~19人の患者を1人の歯科医師で診ているというのが歯科診療所の4割と最も多い。
近年、患者数の減少傾向もあり、診療標榜時間の夜間延長や休日診療もめずらしくない。歯科診療所の人の少なさに着眼し現金収入を狙った強盗事件などが起きるなど社会的にも由々しい状況に置かれている。
当然ながら、長時間、複雑・過密労働の下、離職率が高く、技工士の離職率は75%(日技調査)となっており、歯科衛生士の離職率も同様に高い。
給与待遇をみると、月収で院長114万6,639円、勤務歯科医師55万43円、歯科衛生士25万3,290円、歯科技工士33万5,717円、事務職員24万6,741円と中医協調査ではなっているが、これも単純な平均値であり、実態は別である。全体の8割弱を占める個人歯科診療の最頻階級の収支状況をみると、給与費は月額88万8,533円に過ぎず、収支差額も76万2,611円である。個人立診療所の平均的従事者は4.2人(歯科医師1.2人))あることを勘案すれば、給与待遇が相当に低いことは明らかである。
この下で、経営者の歯科医師は自ら無理をしており、その矛盾が病気・休業と象徴的に現れている。歯科医の健康状態だが、40代、50代での病気休業はガン、循環器疾患がほとんどを占め、うつ病などの精神疾患は最近、急増。これは同年代の一般人よりも悪い状態にある。
―――資料36~42、14~15(資料は最下段PDFファイルよりご参照ください)
■患者の歯科要望
近年、歯科疾患と内科系疾患などの関連などが医学的にも明らかにされつつある。「国民生活基礎調査」(H16)によれば歯痛、歯茎の腫れ・出血、咬合の不具合など有訴者の3割近くが治療をしていない。また歯科医療への要望は「保険の効く範囲の拡充」79.1%、「夜間・休日の治療」53.5%、「窓口負担引き下げ」51.4%、「治療内容・費用の説明」48.2%と、現行制度の不十分性に起因するもののウエイトが大きくなっている。
一般的には、矯正治療への保険適用を求める声も最近は少なくない。
―――資料43~45(資料は最下段PDFファイルよりご参照ください)
■提言1 歯科医師需給の合理的是正
厚生省の98年発表の「歯科医師需給に関する検討会」報告は、2025(H37)年に需給バランスを入学定員の削減方策でとる場合、00年に定員の48%を削減する必要があると指摘しているが、定員削減は遅々として進んでいない。近年、話題に上る70歳定年制は入学定員の2割削減にも及ばない効果しか期待できない。
歯科大学が定員削減をしても経営できるよう施設の卒後研修利用や、廃校施設の国による買い上げ、福祉・介護施設への転用など真剣な見直しをセットし、2010年度から定員の50%削減(半減)に着手する。
歯学部の再編・統合、整備・縮小においては、海外援助費を利用して外国留学生の受け入れも念頭に置く。また、卒後臨床研修2年の必修化を図り、大学施設を利用し国の補助を受けるほか、大学教育を充実させ、歯科医学・技術習得のためのカリキュラムの再検討、国家試験問題の正常化を図る。
各大学においては、定員削減に伴う職員規模・経費水準などの適正化、ダウンサイジングを図り、時代環境に応じた存在意義の確立と使命の発揮に向け、大学の責任において「プログラム」をたて実行することを文科省より指導する。
さらには、歯科健康診査、歯科臨床検査の拡充、歯科医師・歯科衛生士業務の拡充、歯科保健医療の普及啓発、学校歯科医や工場歯科医の専従化等により活動の場を増やすなど、総合的需給対策を検討し着手する。
2010年度より当面15年間は50%削減水準を維持し、将来的には、人口、高齢率、OECDの対人口比などを係数化し、OECD水準の歯科医師数と均衡がとれるようにする。
■提言2 歯科医学の保険収載のルール化
技術の成熟度と普及度は、新規技術の保険導入には不可欠である。歯科医療技術はエアタービンの発明による切削、歯科ユニットの進歩を経て、メタルボンド冠、接着材料の発達、インプラントへ進み、今後はゲノム解析、遺伝子治療、再生医療の応用へと進みつつある。
しかし、歯科医療軽視による保険診療の低質・固定化は、医療保険の補填財源としてのインプラントを招来させ、未熟な技量での実施や、保存治療の選択肢の放棄などトラブルや歪みを生じさせている。
保険収載にあたっては、基本的診療料の底上げを第一とし、技術の成熟度、安全性、普及度を勘案し、合理性をもった導入プロセスを確立する必要がある。
歯科医学の発展に伴う医療技術の保険収載は、88年以降はほぼ皆無であったことも踏まえ、中医協に歯科医療技術の保険導入検討のための専門委員会を設置し、日本歯科医学会、日本歯科医師会、保団連歯科に改定前年6月に意見聴取をし、検討状況及び可否判断に関し公開するルール化を図る。
保険収載にあたっては、昨今のレーザーにみる採算割れ、減価償却不可能な低廉な低点数導入を反面教師
とし、採算性のある点数設定となるよう実勢価格を基準におくこととする。
■提言3 保険外歯科医療の段階的解消
健康保険法は療養の給付を原則とし、保険診療と自由診療との乗り入れ、いわゆる混合診療を認めていない。しかしながら、「昭和51年通知」により、社会問題化した差額徴収に政治決着をつけたものの、健保法から逸脱した欠損・補綴の自費移行(論理矛盾した混合診療)となっている。これは形態的には混合診療であり、しかしながら療養費構成をとらないため現物給付原則に反しているという法的不整合を抱えている。この存在が、歯科の保険診療の低質・固定化の「桎梏」となっている一方、現実には歯科収入の14.2%を自費診療が占めている現状を鑑み、段階的解消と解消率に応じた該当保険点数の増加率を法律で明文化する。
具体的には今後10年で解消することとし、「自費解消計画」の提出を条件に毎回プラス3.3%(840億円)改定による欠損・補綴の保険移行改定を実施する。その際、「自費解消加算(仮称):過去5年の平均自費患者率の減少比率見込み/(1/5)×{(自費患者単価―保険診療患者単価)×105%}」を導入し、過去5年の平均自費患者数の20%を限度に基本診療料への見込み前払い加算とし、次年度の減少率を確定精算方式で設定するようにする。
<自費診療費の規模と解消関連数値の根拠>
∵ 2.5兆円:x=84:14 x=4,200億円
∵ 3.3%=(840億円<=4200億円/5回>)/2.5兆円
∵4,200億円/(3.3万人(1日)×275日)=46,280円(1患者あたり自費料金)
(参考)1患者あたり保険診療費12,558円(月)(「H18社会医療診療行為別調査」)
■提言4 歯科医療従事者の技術・労働とモノの適正評価
現行の診療報酬の各点数項目は、賃金センサス(賃金構造基本統計調査)、物価スライドなどの評価基準指標が未確立であり、合理性がない。よってこの指標の確立と、積算根拠の明示を中医協に義務づける。とりわけ、歯科医療は労働集約性が非常に高い特性があるが、診療報酬ではこの評価を大きく欠いている。例えば、根管治療(大臼歯)は2時間を要し、難症例の感染症の場合4~5時間かかるが4,000円に満たないのである。時間量を評価指標(比例評価)とするよう、ルール化は肝要である。
また、歯科技工の7:3問題の基準明確化、質と安全を蔑ろにする海外技工を増長する技工料とモノの適正評価のため、先進国比較の上、合理性のある指標を確立する。
更には、定昇と俸給表改定の混同や、中医協医療経済実態調査の速報値など意図的な情報操作を排すため、中立的な機関による精査を要件づけることとする。
■提言5 診療報酬の大幅改善
現在の歯科医療の経済評価の根本は、基礎的技術料の評価が低いところにある。そのため医科歯科格差をつけている初診、再診料など基本診療料を医科点数の水準に上げることが必要である。そのためにも第一段階として、この10年間の診療報酬マイナス改定の復旧を急ぎ、プラス9.4%の改定を実施する。そのことを通じ、歯科医療の社会的地位復権と医療者の士気向上へ舵を切る。また、改定における賃金・物価スライド制が81年改定以降廃止されており、それこそ「費目明細」が不透明となっている。この点で医科歯科共通であるが、人件費、維持・管理費、物品費、再生産費の各々の積算、およびそれらの合算で診療報酬の規模を算出し、その公開の下、財源負担とともに、診療報酬点数表を国会審議に付し同意を得ることとする。
さらには経済力に相応し、最終的には医科と歯科をあわせたトータルで公的医療費の欧州水準(対GDP比10%程度)を目標に置くこととする。
■提言6 患者窓口負担ゼロの実現
受診時の窓口負担の上昇に伴い、患者の選択として歯科治療が後景に追いやられたという相関は総務省の「家計調査年報」など各種調査で明確になっている。この受診抑制は結果的に症状を悪化させ、欠損歯の増加となる。健康保険法の本旨、医療の「現物給付」に立ち返り、窓口負担を解消し、経済的理由で受診抑制する状況を根本的に改め、疾病という理由のみで受診できる制度環境を確立する。とりわけ格差社会の深化と経済危機のダブルパンチの下では重要となっている。尚、窓口負担ゼロとは、1.保険料負担までもゼロとすることではないこと、2.窓口負担ゼロとした際には、公費と保険料負担が代替的に増加すること、3.およびに「ゼロ」の意味は原則ゼロであり欧州と同様の定額で低額の負担も概念の範疇に入ることなど、その理解を国民に周知徹底する。
※PDF資料はこちら
再生と矜持、盤石な国民の口腔保健をめざす
歯科医療の政策提言(案)
神奈川県保険医協会政策部
2009.7.30
■はじめに ―瓦解しかけている歯科医療―
医療崩壊が人口に膾炙し多くの国民の知るところとなったが、歯科医療においては公的制度の発足当初からの歯科軽視、高度成長期の差額徴収や無策な歯科医師養成、バブル崩壊後の診療報酬マイナス改定の連続の下、歯科医療機関の経営基盤は揺らぎ、年収300万円以下のワーキングプアの開業歯科医師が全体の1/4に達するまでになっている。このことはひとえに歯科医師やスタッフの身分保障の問題にとどまらない。口腔内に装着する技工物の海外委託作製(委託率6.7%:全国保険医団体連合会調査)など、安全性・質が蔑ろにされる危険にさらされ、歯科治療要求に満足に応えられなくなっていくことを意味している。
われわれは、歯科医療を再生し、歯科医療に関わる医療者が矜持と意欲をもって専門性を発揮し、日進月歩の歯科医学と時代環境に応じた患者要求を満たし、盤石な国民の口腔保健が実現できるよう、ここに政策提言を行い国民的議論に付したい。
提言は喫緊の課題を中心に、以下6本の柱にまとめられる。仔細は各論で触れる。
1. 歯科医師需給の合理的是正 5.診療報酬の大幅改善 |
【政策提言(骨子)】
■歯科医療の現場で何が起きているのか
―経営努力の限界と質・安全の低下、劣化の危険―
1. 歯科医療機関経営の実態
歯科医療費はここ10年で2兆5,430億円('96)から2兆5,039億円('06)へと▲1.5%とダウンしている。医療費全体における構成割合も96年の8.9%から06年の7.6%へと10年間で1.3ポイント下げている。この間に全体の医療費は28兆4,542億円から33兆1,276億円へと+16.4%の増加を見せており、歯科医療費は異常な状況にある。97年の健保2割負担導入、02年老人1割定率負担の導入、03年の健保3割負担導入と、患者窓口負担の引き上げにより患者数・受診日数が減少。98年の診療報酬マイナス改定以降、実質6回連続マイナス改定の累計▲8.4%による日当点(1日当りの点数)の減少が大きく作用している。
実際、平成19年度の中医協・医療経済実態調査で保険収入が▲1.9%(17年度対比、以下同じ)、医業費用が+5.5%、事業所としての収支差額が▲13.3%、(実額▲17.5万円で1,151,157円(月額))、と悪化している。これらは平均の数値だが、最頻階級の収支差額は763,070円(月額)でしかなく、平均から40万円も低い。
ここから、設備更新費用、建物等改築・修繕積立金、借入金返済、税金、院長収入が計上されていくことになる。ちなみに年間の負債合計は2,719万4,233円(うち借入金2,124万8,591円)、年間設備投資額446万5,256円、年間税負担額(所得税・法人税、住民税、事業税)185万3,780円である。
歯科診療所全体の15%を占める法人医療機関の院長の年収は1,380万円、勤務医713万円と他業種や、大企業管理職と比べても決して高いものではない。このような中、年収300万円以下のワーキングプアが3割との報道がなされてもおり、経営基盤が脆弱となっている。またこれを投影する形で、08年度の歯学部受験者数が減少に転じている。
つまり、歯科医療の現状は、歯科医療従事者が専門性を十分に発揮しうる、魅力ある状況にないということである。このことは歯科医療機関の地滑り的な淘汰・消失、優秀な人材の確保難を招来し、将来的に歯科医療の技術・治療方法の安定的継承や、質の担保・向上、安全性を危うくすることとなる。
われわれは、この問題意識と危機感の上に立ち、現状分析と将来に向けた提言をここに示すものである。この提言が歯科医療の向上の一石となることを期待したい。
2.歯科医療をめぐる3つの構造問題
現在、歯科医療が抱える構造的な問題の一つは、将来見通しを欠いた歯科医師養成による、いわゆる供給過剰、需給ミスマッチがある。もうひとつは、皆保険発足以来の歯科における保険給付の充実の放置、歯科軽視の連綿とした施策である。更には80年代を転機とした低医療費政策とその強化、医療費抑制策(診療報酬のマイナス改定と患者負担3割化)がある。この3つの構造的問題が、結果として「過当競争」を生み、歯科医療需要を潜在化させ、経営基盤を弱体化させたのである。
3.歯科医師需給のミスマッチ
まず、無定見な歯科医師の需給ミスマッチについて触れる。「医療崩壊」が顕在化し、政府も認めた医師不足とは逆に、日本の人口10万対比の歯科医師数は75人('04)とOECD加盟30カ国の平均62人を大きく上回っている。当会の推計では2020年には100人に達し、現在のデンマーク、アイスランドと同水準となり、これを上回るのはギリシャしかない状況となる。1980年のWHOの警告以来、世界の趨勢は米国をはじめ入学定員の抑制の方向で推移しているが、日本の現状はこれに逆行している。
日本の対GDPの歯科医療費は0.5%で加盟21カ国中9位('04)と中位にあるが、今後、現行水準で改善がなく医療費規模が推移するとすれば、現在の3割増しの歯科医師数となった暁には、競合が激化し、多くの医療機関が経営破たんとなる。この状況の放置は一刻の猶予もない。
4.歯科医学・医療の公的制度における軽視
皆保険制度発足以前の、健保法発足時点から、歯科医療の経済評価(一点単価)は医科の1/2とされ、この歯科軽視政策が連綿と続いている。歯科は富国強兵に寄与しないという明治以来の口腔疾患の軽視・差別がその根底にある。皆保険により一点単価は医科歯科同一とされたが、初診料、再診料は医科が270点、71点、歯科が182点、40点と歯科は医科の2/3程度とされてきた。新規技術の導入も国会で問題にされ08年に新たに接着ブリッジによる欠損補綴など6項目が導入されるまで、実に20年間にわたって新規導入が放置され続けた。
また、検査のスタディモデルが36年間、チェックバイトが25年間、除去が31年間、難抜歯が21年間など14項目の診療報酬点数が長期間にわたり据え置かれている。これは70年代の料金で現代の治療を行っているということである。これらのことに「軽視」「差別」が如実に象徴されている。
90年代初頭まで診療報酬改定は、薬価引き下げを財源に技術料に振り替えるという手法がとられており、引き下げ財源のない歯科は一層、苦境に陥り、98年度のマイナス改定以降は惨憺たる経営状況となっている。
養成においても歯科大学・歯学部は皆保険発足当時の7校(国立2、公立1、私立4)が、歯科需要の急増に対応し29校となったものの定員2,657名中、国公立は720名('08)と3割にみたず、民間に委ねてきており、ここにも歯科軽視が見てとれる。
5.差額徴収の罪悪
歯科軽視施策を土台に、1.皆保険による患者急増、2.経済成長による国民所得の伸長、3.医療保険での基礎的技術水準の改善の停滞、4.補綴、保存の医療技術水準の向上と公的保険との乖離を背景に、1955年に健保財政の赤字を理由に日歯は差額聴取を認めて大学水準の歯科医療の実施を厚生省(当時)に要求する。これを受け通称「7人委員会」が金合金使用の差額徴収を認める提言を出し、1955年通達により差額徴収が制度化された。
しかし、歯科医師不足を背景に、違法差額の横行が社会問題化し、遂には国会での政治問題へと発展。国民に混乱を来たし、怨嗟の的となる中、76年6月の差額徴収廃止の通達がだされる。材料差額といいつつも、「言い値」の自由診療は、保険診療の低下分を補填する形となり、結果的には「技術料差額」となった。日医は制度を破壊する技術料差額は認められないと批判。日歯の反対を押し切る形で、材料差額に限定する通知を出す。これに対し日歯は適正評価のない中での限定なので、「歯科医療は崩壊する」と声明を出し応酬。同年の欠損・補綴の自費移行を認める折衷的通知により、法的には矛盾した混合診療が合法化され、根本的な解決のないまま現在に至っている。段階的解消も一部着手されたのみで頓挫、放置された。
歯科差額は、歯科医療へのイメージを大きくダウンさせ、依然と「保険が効かない」との誤解は払拭されていない。またこの差額徴収の制度化により歯科保険医療の低質・固定化が決定的となった面が強い。
すでに医師と歯科医師の所得格差は100:78.0(93年)から100:52.5(01年)までに開いている。サラリーマンの平均的な退職金以上の学費をつぎ込み養成した歯科医師の年収が300万円以下という状態は極めて異常であり、脱保険の温床となりかねず、歯科医療保険の劣化が非常に危惧される。昨今の「湘南宣言」や補綴の保険外しの学会の企図が明るみになる状況では、より一層この問題は重要性を増している。
6.歯科医師、スタッフの就労環境
1施設あたり従業員は4.8人(歯科医師1.3人、歯科衛生士1.2人、歯科技工士0.2人、事務職員0.8人、その他職員1.1人)(「H19中医協・医療経済実態調査」)となっており、無給の家族従事者0.2人を必要としている。また1日当たり平均24人の患者を診ている。これは平均像だが、76%の診療所は1人歯科医師で、4割が常勤歯科衛生士がおらず、8割が歯科技工士をおいていない。患者数は1日0~19人の患者を1人の歯科医師で診ているというのが歯科診療所の4割と最も多い。
近年、患者数の減少傾向もあり、診療標榜時間の夜間延長や休日診療もめずらしくない。歯科診療所の人の少なさに着眼し現金収入を狙った強盗事件などが起きるなど社会的にも由々しい状況に置かれている。
当然ながら、長時間、複雑・過密労働の下、離職率が高く、技工士の離職率は75%(日技調査)となっており、歯科衛生士の離職率も同様に高い。
給与待遇をみると、月収で院長114万6,639円、勤務歯科医師55万43円、歯科衛生士25万3,290円、歯科技工士33万5,717円、事務職員24万6,741円と中医協調査ではなっているが、これも単純な平均値であり、実態は別である。全体の8割弱を占める個人歯科診療の最頻階級の収支状況をみると、給与費は月額88万8,533円に過ぎず、収支差額も76万2,611円である。個人立診療所の平均的従事者は4.2人(歯科医師1.2人))あることを勘案すれば、給与待遇が相当に低いことは明らかである。
この下で、経営者の歯科医師は自ら無理をしており、その矛盾が病気・休業と象徴的に現れている。歯科医の健康状態だが、40代、50代での病気休業はガン、循環器疾患がほとんどを占め、うつ病などの精神疾患は最近、急増。これは同年代の一般人よりも悪い状態にある。
―――資料36~42、14~15(資料は最下段PDFファイルよりご参照ください)
■患者の歯科要望
近年、歯科疾患と内科系疾患などの関連などが医学的にも明らかにされつつある。「国民生活基礎調査」(H16)によれば歯痛、歯茎の腫れ・出血、咬合の不具合など有訴者の3割近くが治療をしていない。また歯科医療への要望は「保険の効く範囲の拡充」79.1%、「夜間・休日の治療」53.5%、「窓口負担引き下げ」51.4%、「治療内容・費用の説明」48.2%と、現行制度の不十分性に起因するもののウエイトが大きくなっている。
一般的には、矯正治療への保険適用を求める声も最近は少なくない。
―――資料43~45(資料は最下段PDFファイルよりご参照ください)
■提言1 歯科医師需給の合理的是正
厚生省の98年発表の「歯科医師需給に関する検討会」報告は、2025(H37)年に需給バランスを入学定員の削減方策でとる場合、00年に定員の48%を削減する必要があると指摘しているが、定員削減は遅々として進んでいない。近年、話題に上る70歳定年制は入学定員の2割削減にも及ばない効果しか期待できない。
歯科大学が定員削減をしても経営できるよう施設の卒後研修利用や、廃校施設の国による買い上げ、福祉・介護施設への転用など真剣な見直しをセットし、2010年度から定員の50%削減(半減)に着手する。
歯学部の再編・統合、整備・縮小においては、海外援助費を利用して外国留学生の受け入れも念頭に置く。また、卒後臨床研修2年の必修化を図り、大学施設を利用し国の補助を受けるほか、大学教育を充実させ、歯科医学・技術習得のためのカリキュラムの再検討、国家試験問題の正常化を図る。
各大学においては、定員削減に伴う職員規模・経費水準などの適正化、ダウンサイジングを図り、時代環境に応じた存在意義の確立と使命の発揮に向け、大学の責任において「プログラム」をたて実行することを文科省より指導する。
さらには、歯科健康診査、歯科臨床検査の拡充、歯科医師・歯科衛生士業務の拡充、歯科保健医療の普及啓発、学校歯科医や工場歯科医の専従化等により活動の場を増やすなど、総合的需給対策を検討し着手する。
2010年度より当面15年間は50%削減水準を維持し、将来的には、人口、高齢率、OECDの対人口比などを係数化し、OECD水準の歯科医師数と均衡がとれるようにする。
■提言2 歯科医学の保険収載のルール化
技術の成熟度と普及度は、新規技術の保険導入には不可欠である。歯科医療技術はエアタービンの発明による切削、歯科ユニットの進歩を経て、メタルボンド冠、接着材料の発達、インプラントへ進み、今後はゲノム解析、遺伝子治療、再生医療の応用へと進みつつある。
しかし、歯科医療軽視による保険診療の低質・固定化は、医療保険の補填財源としてのインプラントを招来させ、未熟な技量での実施や、保存治療の選択肢の放棄などトラブルや歪みを生じさせている。
保険収載にあたっては、基本的診療料の底上げを第一とし、技術の成熟度、安全性、普及度を勘案し、合理性をもった導入プロセスを確立する必要がある。
歯科医学の発展に伴う医療技術の保険収載は、88年以降はほぼ皆無であったことも踏まえ、中医協に歯科医療技術の保険導入検討のための専門委員会を設置し、日本歯科医学会、日本歯科医師会、保団連歯科に改定前年6月に意見聴取をし、検討状況及び可否判断に関し公開するルール化を図る。
保険収載にあたっては、昨今のレーザーにみる採算割れ、減価償却不可能な低廉な低点数導入を反面教師
とし、採算性のある点数設定となるよう実勢価格を基準におくこととする。
■提言3 保険外歯科医療の段階的解消
健康保険法は療養の給付を原則とし、保険診療と自由診療との乗り入れ、いわゆる混合診療を認めていない。しかしながら、「昭和51年通知」により、社会問題化した差額徴収に政治決着をつけたものの、健保法から逸脱した欠損・補綴の自費移行(論理矛盾した混合診療)となっている。これは形態的には混合診療であり、しかしながら療養費構成をとらないため現物給付原則に反しているという法的不整合を抱えている。この存在が、歯科の保険診療の低質・固定化の「桎梏」となっている一方、現実には歯科収入の14.2%を自費診療が占めている現状を鑑み、段階的解消と解消率に応じた該当保険点数の増加率を法律で明文化する。
具体的には今後10年で解消することとし、「自費解消計画」の提出を条件に毎回プラス3.3%(840億円)改定による欠損・補綴の保険移行改定を実施する。その際、「自費解消加算(仮称):過去5年の平均自費患者率の減少比率見込み/(1/5)×{(自費患者単価―保険診療患者単価)×105%}」を導入し、過去5年の平均自費患者数の20%を限度に基本診療料への見込み前払い加算とし、次年度の減少率を確定精算方式で設定するようにする。
<自費診療費の規模と解消関連数値の根拠>
∵ 2.5兆円:x=84:14 x=4,200億円
∵ 3.3%=(840億円<=4200億円/5回>)/2.5兆円
∵4,200億円/(3.3万人(1日)×275日)=46,280円(1患者あたり自費料金)
(参考)1患者あたり保険診療費12,558円(月)(「H18社会医療診療行為別調査」)
■提言4 歯科医療従事者の技術・労働とモノの適正評価
現行の診療報酬の各点数項目は、賃金センサス(賃金構造基本統計調査)、物価スライドなどの評価基準指標が未確立であり、合理性がない。よってこの指標の確立と、積算根拠の明示を中医協に義務づける。とりわけ、歯科医療は労働集約性が非常に高い特性があるが、診療報酬ではこの評価を大きく欠いている。例えば、根管治療(大臼歯)は2時間を要し、難症例の感染症の場合4~5時間かかるが4,000円に満たないのである。時間量を評価指標(比例評価)とするよう、ルール化は肝要である。
また、歯科技工の7:3問題の基準明確化、質と安全を蔑ろにする海外技工を増長する技工料とモノの適正評価のため、先進国比較の上、合理性のある指標を確立する。
更には、定昇と俸給表改定の混同や、中医協医療経済実態調査の速報値など意図的な情報操作を排すため、中立的な機関による精査を要件づけることとする。
■提言5 診療報酬の大幅改善
現在の歯科医療の経済評価の根本は、基礎的技術料の評価が低いところにある。そのため医科歯科格差をつけている初診、再診料など基本診療料を医科点数の水準に上げることが必要である。そのためにも第一段階として、この10年間の診療報酬マイナス改定の復旧を急ぎ、プラス9.4%の改定を実施する。そのことを通じ、歯科医療の社会的地位復権と医療者の士気向上へ舵を切る。また、改定における賃金・物価スライド制が81年改定以降廃止されており、それこそ「費目明細」が不透明となっている。この点で医科歯科共通であるが、人件費、維持・管理費、物品費、再生産費の各々の積算、およびそれらの合算で診療報酬の規模を算出し、その公開の下、財源負担とともに、診療報酬点数表を国会審議に付し同意を得ることとする。
さらには経済力に相応し、最終的には医科と歯科をあわせたトータルで公的医療費の欧州水準(対GDP比10%程度)を目標に置くこととする。
■提言6 患者窓口負担ゼロの実現
受診時の窓口負担の上昇に伴い、患者の選択として歯科治療が後景に追いやられたという相関は総務省の「家計調査年報」など各種調査で明確になっている。この受診抑制は結果的に症状を悪化させ、欠損歯の増加となる。健康保険法の本旨、医療の「現物給付」に立ち返り、窓口負担を解消し、経済的理由で受診抑制する状況を根本的に改め、疾病という理由のみで受診できる制度環境を確立する。とりわけ格差社会の深化と経済危機のダブルパンチの下では重要となっている。尚、窓口負担ゼロとは、1.保険料負担までもゼロとすることではないこと、2.窓口負担ゼロとした際には、公費と保険料負担が代替的に増加すること、3.およびに「ゼロ」の意味は原則ゼロであり欧州と同様の定額で低額の負担も概念の範疇に入ることなど、その理解を国民に周知徹底する。
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