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2012/2/27 政策部長談話「患者の不信感が増長 10%が補償から損害賠償へ移行と判明 産科崩壊の阻止に逆行 次は全診療科への拡大 医事紛争誘発制度の危険を衝く」
患者の不信感が増長 10%が補償から損害賠償へ移行と判明
産科崩壊の阻止に逆行 次は全診療科への拡大
医事紛争誘発制度の危険を衝く
神奈川県保険医協会
政策部長 桑島 政臣
産科医療補償制度の見直しに向けた議論が2月15日、民間の運営団体、医療機能評価機構(「機構」)で始まった。この制度は医事紛争を誘発させる巧妙で理不尽な仕組みとなっており、はからずも席上でその危険性の一端が明らかとなった。この制度は全診療科への適用拡大が懸念されている。
われわれは、裁量権侵害と診療介入ならびに萎縮診療を招き医師の士気を挫く、産科医療補償制度を改めて本来の目的と医療の実態に即した制度への改良と約款変更をするよう強く求める。
この産科医療補償制度は、「産科医療の崩壊を一刻も早く阻止する」ために創られたものである。つまり訴訟リスクの高さ等による産科の敬遠と産科からの撤退に歯止めをかけ紛争の防止・早期解決を図ることであった。
重度脳性麻痺児へ補償を行う制度であるが、実は損害賠償請求は放棄されておらず、どの時点でも補償から損害賠償へと変更できる。また再発防止を名目に医療機関のカルテ等を基に原因分析し、その報告書を妊婦、分娩施設の双方に送付、あわせて一般に公表をすることになっている。
2月15日の機構の運営委員会での見直し論議では、11年末までの約3年間で補償件数が252件で、そのうち損害賠償請求等の事案は18件(7.1%)と多くの紛争が続出していることが判明した。出生年次別の内訳は示されていないが、重度脳性麻痺の診断がつくのが通常生後1年半以降、診断後紛争までの準備に2年間かかることから、ほとんどが09年度の事例と推定され、09年度の補償件数158件の実に11.4%と1割を超えている。
また、制度発足後の脳性麻痺発症に関する原因分析報告書に関し、送付された保護者へのアンケートで、原因分析の実施について「あまりよくなかった」25%、「どちらともいえない」25%と、否定と保留の評価があわせて半数を占めた。「あまりよくなかった」の理由として、その半分が分娩機関への不信が高まったとしている。また、報告書をみての分娩機関・スタッフへの信頼の変化について、「少し悪い方に変化した」「とても悪い方に変化した」が合わせて40%となっており、よい方向に変化したとする25%を大きく上回っている。不信感が原因分析報告書を契機に増長されていることが明らかとなっている
この制度では補償から賠償への変更を「調整」と呼ぶ。補償金は初回一時金600万円と分割金が20年で2,400万円の計3,000万円である。損害賠償となった時点で、補償金の支払い分は賠償金と相殺され、残余が保護者へ支払われる。実際は双方の保険を引き受ける損保会社の内部での金銭の操作となる。損害賠償は1億5千万円超であり、分娩機関の過失責任が前提となる。初回一時金は、弁護士費用、訴訟費用に回すことが可能な仕組みとなっている。
とりわけ問題は、原因分析報告書にある。約款で提出を義務付けた分娩機関のカルテ等を分析し、妊婦と分娩施設の同意なしに報告書を作成、双方に送付する。産科のガイドラインを絶対視し、報告書の表現も「医学的妥当性は不明である(エビデンスがない)」「「選択されることはない」「基準から逸脱している」「医学的妥当性がない」「誤っている」などが用例として採られており、この分析結果に該当分娩施設は異議申し立てができない、"不思議な仕組み"となっている。
この原因分析は分娩の際の診療行為、診療体制にのみ焦点があてられており、母体の状態(喫煙習慣や体重増加)などは度外視されており不十分性は否めない。しかも、原因分析委員会の委員による業務体制、診療行為への意見、鑑定評価が随所に散見され、分析に値するのか疑問な部分がある。
この原因分析委員会は、重度脳性麻痺の発症に関し、分娩機関の過失責任の有無を判断するものではないとされているが、何故か「重大な過失が明らかな」ケースは医療訴訟に精通した弁護士等で構成する調整委員会で法的検討を行い、「調整」する仕組みがセットされている。
これまで、調整委員会は一度も開催されてはいないが、この論理矛盾を2月15日の機構の運営委員会で委員より指摘がなされ、調整委員会の廃止を含めた検討が提案されている。また、重大な過失にからみ、原因分析報告書で使用される評価用語について、分析委員会の委員長は「劣っている」「誤っている」とは医学的観点の話であり、過失責任があるということではない、過失とは故意・犯罪との旨の苦しい説明をしている。しかし訴訟が可能である患児家族がこれらの文言を読んで医師に過失がないと理解するであろうか。裁判所はこの内容を見て医学的に「誤っている」との表記が過失でないと判断するのであろうか。委員長の認識はかなり一般的常識から見て甘いと言わざるを得ない。
この分析報告書はこれまでの15件を取りまとめ、体系化した「再発防止報告書」が11年8月に公表されている。今後、分析例はどんどん集積されこの再発防止報告書の続編が世に出ていくが、匿名化しても、時間や経過など非常に詳細な記述になっており個人の特定が可能である。つまり、訴訟をするうえでこの報告書は、医学的な有責判定の論拠、"バイブル"となっていく可能性が高い。
2月15日の機構の運営委員会では、原因分析報告書の送付以降の損害賠償請求は少ないとの数値が示されたが、実際に分娩を取り扱う医療機関の実感として再発防止報告書以降の推移を非常に危険視している。
制度の見直しにあたっては、少なくとも制度の性格からいって、補償金の1億円への増額、補償時の損害賠償の放棄、補償金の分娩施設経由での保護者への支払い、補償と原因分析の組織体制の分離(機構からの原因分析の独立)、原因分析体制の根本的見直し、調整委員会の廃止、カルテ等の提出を不要とするなどの現在の約款の変更が必須である。
機構の運営委員会での見直し論議は、初回にもかかわらず、新制度への改編ありきで論点が提示されている。さすがに委員より問題点の洗い出しがあっての論点整理だとの指摘がなされたが、拙速感は否めず、そもそも運営委員会の役割に「制度の見直し」は無い、その変更はいつ機関決定したのかと別の委員から問われ、3月8日の理事会で事後決定すると、そのお粗末さを露呈している。
奇しくも、この運営委員会が開催された2月15日の午前中は、厚労省の「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」(医療事故調検討部会)の初回会合が開催されており、ここに顔をそろえた官僚の面々が、午後に開かれたこの機構の運営委員会にこぞって出席、傍聴している。
機構の運営委員会の委員も振るっており、機構の理事を務める上田茂氏は元厚労省障害保健福祉部長、弁護士の近藤純五郎氏は省庁再編による初代、厚労省事務次官である。また勝村久司氏は雑誌「WEDGE」(12年1月号)やNHKで「これからは、補償制度が裁判のかわりになる」と公言している人物である。ここには、日々、お産に悪戦苦闘している分娩機関を代表するものは誰もいない。
この産科医療補償制度は、年間800件の補償を前提に制度設計され、補償が300件を下回る場合に、保険料による支払い原資を、300件の超過分と残余を機構と保険会社で分配することとなっている。実績値からみて、機構が160億円、保険会社が50億円を2015年から単年度の収入として得ることになる。事務費も50億円とかなり莫大な見積もりとなっており、様々な疑念は尽きない。
補償が損害賠償となり増加しても、損保会社は保険料を引き上げるだけの話である。
機構の上田理事は、医療事故調検討部会の「親会議」である「医療の質の向上に資する無過失補償制度等のあり方に関する検討会」の第1回会合(11年8月26日)で産科医療補償制度の説明を行っている。そもそも、この制度は07年2月に厚労省の委託を受けて機構が検討し発足の運びとなっている。「一刻も早く」との理由で、民間損保の活用がうたわれ民間団体の運営とされたのである。金融庁の商品認可が東京海上日動等に降りたのは、制度創設の報告書がでた僅か5か月後と超スピードだった。巧妙にことが運ばれている。
この機構の運営委員会と厚労省の医療事故調検討部会の同時開催の符合は、当然ながら両者の会合が相互に連携しており、機構の新制度が、全診療科を対象とする制度のひな形となると考えるのが普通である。
厚生労働省の検討部会も配布資料の開催日時が2月25日となっており、何らかの事情で前倒しとなった事情をうかがわせる。両者の資料の体裁は非常によく似てもいる。
もはや、産科の問題はそれ以外の診療科目にとって、対岸の火事ではなくなっている。今次診療報酬改定では汎用点数項目にまでも「施設基準」が設定されてきた。産科のハイリスク分娩加算は、機構の産科医療補償制度の加入が施設基準で要件とされている。憲法89条(公金の企業への支出禁止)への抵触も疑われるこの産科と状況と同じ措置が、全診療科の投網となることは想像に難くない。
医療の裁量を守るためにも、医療界の高い関心と、関係方面による軌道修正を強く望むものである。
2012年2月27日
患者の不信感が増長 10%が補償から損害賠償へ移行と判明
産科崩壊の阻止に逆行 次は全診療科への拡大
医事紛争誘発制度の危険を衝く
神奈川県保険医協会
政策部長 桑島 政臣
産科医療補償制度の見直しに向けた議論が2月15日、民間の運営団体、医療機能評価機構(「機構」)で始まった。この制度は医事紛争を誘発させる巧妙で理不尽な仕組みとなっており、はからずも席上でその危険性の一端が明らかとなった。この制度は全診療科への適用拡大が懸念されている。
われわれは、裁量権侵害と診療介入ならびに萎縮診療を招き医師の士気を挫く、産科医療補償制度を改めて本来の目的と医療の実態に即した制度への改良と約款変更をするよう強く求める。
この産科医療補償制度は、「産科医療の崩壊を一刻も早く阻止する」ために創られたものである。つまり訴訟リスクの高さ等による産科の敬遠と産科からの撤退に歯止めをかけ紛争の防止・早期解決を図ることであった。
重度脳性麻痺児へ補償を行う制度であるが、実は損害賠償請求は放棄されておらず、どの時点でも補償から損害賠償へと変更できる。また再発防止を名目に医療機関のカルテ等を基に原因分析し、その報告書を妊婦、分娩施設の双方に送付、あわせて一般に公表をすることになっている。
2月15日の機構の運営委員会での見直し論議では、11年末までの約3年間で補償件数が252件で、そのうち損害賠償請求等の事案は18件(7.1%)と多くの紛争が続出していることが判明した。出生年次別の内訳は示されていないが、重度脳性麻痺の診断がつくのが通常生後1年半以降、診断後紛争までの準備に2年間かかることから、ほとんどが09年度の事例と推定され、09年度の補償件数158件の実に11.4%と1割を超えている。
また、制度発足後の脳性麻痺発症に関する原因分析報告書に関し、送付された保護者へのアンケートで、原因分析の実施について「あまりよくなかった」25%、「どちらともいえない」25%と、否定と保留の評価があわせて半数を占めた。「あまりよくなかった」の理由として、その半分が分娩機関への不信が高まったとしている。また、報告書をみての分娩機関・スタッフへの信頼の変化について、「少し悪い方に変化した」「とても悪い方に変化した」が合わせて40%となっており、よい方向に変化したとする25%を大きく上回っている。不信感が原因分析報告書を契機に増長されていることが明らかとなっている
この制度では補償から賠償への変更を「調整」と呼ぶ。補償金は初回一時金600万円と分割金が20年で2,400万円の計3,000万円である。損害賠償となった時点で、補償金の支払い分は賠償金と相殺され、残余が保護者へ支払われる。実際は双方の保険を引き受ける損保会社の内部での金銭の操作となる。損害賠償は1億5千万円超であり、分娩機関の過失責任が前提となる。初回一時金は、弁護士費用、訴訟費用に回すことが可能な仕組みとなっている。
とりわけ問題は、原因分析報告書にある。約款で提出を義務付けた分娩機関のカルテ等を分析し、妊婦と分娩施設の同意なしに報告書を作成、双方に送付する。産科のガイドラインを絶対視し、報告書の表現も「医学的妥当性は不明である(エビデンスがない)」「「選択されることはない」「基準から逸脱している」「医学的妥当性がない」「誤っている」などが用例として採られており、この分析結果に該当分娩施設は異議申し立てができない、"不思議な仕組み"となっている。
この原因分析は分娩の際の診療行為、診療体制にのみ焦点があてられており、母体の状態(喫煙習慣や体重増加)などは度外視されており不十分性は否めない。しかも、原因分析委員会の委員による業務体制、診療行為への意見、鑑定評価が随所に散見され、分析に値するのか疑問な部分がある。
この原因分析委員会は、重度脳性麻痺の発症に関し、分娩機関の過失責任の有無を判断するものではないとされているが、何故か「重大な過失が明らかな」ケースは医療訴訟に精通した弁護士等で構成する調整委員会で法的検討を行い、「調整」する仕組みがセットされている。
これまで、調整委員会は一度も開催されてはいないが、この論理矛盾を2月15日の機構の運営委員会で委員より指摘がなされ、調整委員会の廃止を含めた検討が提案されている。また、重大な過失にからみ、原因分析報告書で使用される評価用語について、分析委員会の委員長は「劣っている」「誤っている」とは医学的観点の話であり、過失責任があるということではない、過失とは故意・犯罪との旨の苦しい説明をしている。しかし訴訟が可能である患児家族がこれらの文言を読んで医師に過失がないと理解するであろうか。裁判所はこの内容を見て医学的に「誤っている」との表記が過失でないと判断するのであろうか。委員長の認識はかなり一般的常識から見て甘いと言わざるを得ない。
この分析報告書はこれまでの15件を取りまとめ、体系化した「再発防止報告書」が11年8月に公表されている。今後、分析例はどんどん集積されこの再発防止報告書の続編が世に出ていくが、匿名化しても、時間や経過など非常に詳細な記述になっており個人の特定が可能である。つまり、訴訟をするうえでこの報告書は、医学的な有責判定の論拠、"バイブル"となっていく可能性が高い。
2月15日の機構の運営委員会では、原因分析報告書の送付以降の損害賠償請求は少ないとの数値が示されたが、実際に分娩を取り扱う医療機関の実感として再発防止報告書以降の推移を非常に危険視している。
制度の見直しにあたっては、少なくとも制度の性格からいって、補償金の1億円への増額、補償時の損害賠償の放棄、補償金の分娩施設経由での保護者への支払い、補償と原因分析の組織体制の分離(機構からの原因分析の独立)、原因分析体制の根本的見直し、調整委員会の廃止、カルテ等の提出を不要とするなどの現在の約款の変更が必須である。
機構の運営委員会での見直し論議は、初回にもかかわらず、新制度への改編ありきで論点が提示されている。さすがに委員より問題点の洗い出しがあっての論点整理だとの指摘がなされたが、拙速感は否めず、そもそも運営委員会の役割に「制度の見直し」は無い、その変更はいつ機関決定したのかと別の委員から問われ、3月8日の理事会で事後決定すると、そのお粗末さを露呈している。
奇しくも、この運営委員会が開催された2月15日の午前中は、厚労省の「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」(医療事故調検討部会)の初回会合が開催されており、ここに顔をそろえた官僚の面々が、午後に開かれたこの機構の運営委員会にこぞって出席、傍聴している。
機構の運営委員会の委員も振るっており、機構の理事を務める上田茂氏は元厚労省障害保健福祉部長、弁護士の近藤純五郎氏は省庁再編による初代、厚労省事務次官である。また勝村久司氏は雑誌「WEDGE」(12年1月号)やNHKで「これからは、補償制度が裁判のかわりになる」と公言している人物である。ここには、日々、お産に悪戦苦闘している分娩機関を代表するものは誰もいない。
この産科医療補償制度は、年間800件の補償を前提に制度設計され、補償が300件を下回る場合に、保険料による支払い原資を、300件の超過分と残余を機構と保険会社で分配することとなっている。実績値からみて、機構が160億円、保険会社が50億円を2015年から単年度の収入として得ることになる。事務費も50億円とかなり莫大な見積もりとなっており、様々な疑念は尽きない。
補償が損害賠償となり増加しても、損保会社は保険料を引き上げるだけの話である。
機構の上田理事は、医療事故調検討部会の「親会議」である「医療の質の向上に資する無過失補償制度等のあり方に関する検討会」の第1回会合(11年8月26日)で産科医療補償制度の説明を行っている。そもそも、この制度は07年2月に厚労省の委託を受けて機構が検討し発足の運びとなっている。「一刻も早く」との理由で、民間損保の活用がうたわれ民間団体の運営とされたのである。金融庁の商品認可が東京海上日動等に降りたのは、制度創設の報告書がでた僅か5か月後と超スピードだった。巧妙にことが運ばれている。
この機構の運営委員会と厚労省の医療事故調検討部会の同時開催の符合は、当然ながら両者の会合が相互に連携しており、機構の新制度が、全診療科を対象とする制度のひな形となると考えるのが普通である。
厚生労働省の検討部会も配布資料の開催日時が2月25日となっており、何らかの事情で前倒しとなった事情をうかがわせる。両者の資料の体裁は非常によく似てもいる。
もはや、産科の問題はそれ以外の診療科目にとって、対岸の火事ではなくなっている。今次診療報酬改定では汎用点数項目にまでも「施設基準」が設定されてきた。産科のハイリスク分娩加算は、機構の産科医療補償制度の加入が施設基準で要件とされている。憲法89条(公金の企業への支出禁止)への抵触も疑われるこの産科と状況と同じ措置が、全診療科の投網となることは想像に難くない。
医療の裁量を守るためにも、医療界の高い関心と、関係方面による軌道修正を強く望むものである。
2012年2月27日