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2012/4/25 政策部長談話「産科崩壊に拍車 なぜ『保険代理店』へカルテ提出が強いられるのか 守秘義務を超越した命令と流用に唖然 産科医療補償制度の人権蹂躙を問う」
産科崩壊に拍車 なぜ「保険代理店」へカルテ提出が強いられるのか
守秘義務を超越した命令と流用に唖然 産科医療補償制度の人権蹂躙を問う
神奈川県保険医協会
政策部長 桑島 政臣
産科医療の現場が切迫している。脳性麻痺の救済が目的の産科医療補償制度で、医療行為にのみ特化、矮小化した「原因分析報告書」が関係者の同意なしに公開され、波紋と動揺が広がっている。
脳性麻痺の発症原因を医療行為にのみ求め、産科医療のガイドラインとの異同を指摘するこの原因分析報告書は、過失責任を評価したものではないというが、訴訟への利用を妨げておらず、専門家の作成ゆえに訴訟を左右し、産科医療への負の影響は明らかである。しかもカルテを流用したこの原因分析は運用上の逸脱があり、そもそも契約約款を盾にしたカルテ提出は守秘義務の観点で非常に問題が大きい。われわれは、この制度の根本的な改編、補償と分析の組織的峻別を強く求める。
産科医療の崩壊を一刻も早く阻止する観点から、民間の損害保険を活用して早急な立ち上げを図る―これが、制度の命題であり、厚労省の社会保障審議会で公式に確認されたことである。
この制度は厚労省から委託を受けた日本医療機能評価機構(「機構」)が運営している。ものものしい名前だが、この機構は一民間団体でしかない。制度は脳性麻痺の経済的救済を第一義とし、紛争の防止・早期解決を図るとしたことから、すべての産科医療機関への加入を求めた。保険料相当の、出産育児一時金の3万円増額の社会的措置がとられ、多くが何ら疑いもしなかった。しかし、事態は違ったのである。
この制度の最大の問題点のひとつはカルテの提出にある。機構は加入する産科医療機関の保険料をとりまとめ、代表して損保5社と共同保険契約を結んでいる。いわば「保険代理店」の位置にある。脳性麻痺の発症の際には損保側に報告し、補償金という名前の保険金が支払われるのだが、何故か補償対象の認定は機構側、保険代理店が行う。そのためカルテの提出が約款で定められている。しかし、医学的・医療的には、脳性麻痺の証明は法的文書である「診断書」で本来、十分なはずである。
しかも、産科医療機関と機構の間での取り決めである「加入規約」では、補償認定の際の機構へのカルテ等の提出と、原因分析のための委員会へのカルテ提出は手続き上、別に分離されているにもかかわらず、カルテの流用利用がまかり通っているのである。
機構は、保険契約の業務とは別にカルテ等をもとに原因分析等を行っているが、この根拠は保険会社と機構との間の保険約款には存在しない。産科医療機関と妊産婦の間で結ぶ補償約款の中にしかない。補償約款の第十条「運営組織」の中で原因分析の業務規程をするという巧妙で危いものである。
更に狡猾なのは、産婦との間の補償約款で産科医療機関が主体的にカルテを機構(約款上は「運営組織」)に提出する旨を規定し、機構との間の加入規約で「補償約款に定める機構への提出資料」としカルテの明示を避け、法への抵触を回避する周到さ、奇策を弄している。ちなみに「運営組織」が機構であることは、補償約款、保険約款のどちらにも記載がないのである。
思い起して欲しい。機構は民間団体である。カルテの守秘義務は存在しない。約款を盾になぜ、カルテの提出が執拗に、この「保険代理店」から強要されなければならないのだろうか。これは現実である。またなぜ、流用に正当性が与えられるのだろうか。不思議である。
ガイドラインを金科玉条にした原因分析報告書は、「一般的でない」「劣っている」と医療水準に言及した表現をとっており、専門家以外の一般の多くにとって有責の判定と連動し確実に訴訟で活用される。本来、ガイドラインは、あくまでも「指針」であり、現場の医療はこれに機械的に拘束はされるものではない。
この制度の見直しが機構の委員会で現在、行われているが、過日、その席上、日本産婦人科医会会長が生後2年目に脳のMRI画像を撮らないと、真の原因分析は不可能と説き、現状は医療状況分析にすぎないとした。また、配布した資料では脳性麻痺は2、3歳以降にMRIを撮るまで容易に原因診断すべきではないとしている。
最善を尽くしてもの残念な結果に、産科医療の現場は思いを馳せ悩んでいる。原因分析報告書の内容に産科医療機関は医学・医療的な反論権も認められず、同意承諾もなしに、この報告書が次々と公開されていっている。この人権無視の対応に、精神的に限界となっている医療関係者が現実にいる。閉院、絶望、一刻を争う。事態は命題の紛争防止による産科医療の崩壊と完全に逆行している。
産科医療機関ばかりではない。報告書の公開の同意は、産婦の側の承諾もとらないこととなっている。ゆえに、複雑な事情を抱えながら出産に至り脳性麻痺が発症し、原因分析報告書が公開され、入手した家族の知るところとなり、家族関係が壊れるという不幸さえも内包している。
誰のための制度なのだろう。補償対象予定人数を下回る際の、余剰の保険金は数百億円と見込まれ、3年後から機構と保険会社の双方で分配となる。ならば補償金3,000万円を引き上げ、有責認定が前提の損害賠償額1億円超に近似とするよう検討すべきである。また、補償金の支払いが機構から産婦への代理支払いとなっており、産科医療機関と産婦との話し合いの機会を奪っている。これを約款の本則どおり、産科医療機関から直接支払う運用に戻すのが、制度趣旨の本来の姿である。
この産科医療補償制度は、全診療科のモデルとなる。このことは発端となった自民党政務調査会・医療紛争処理のあり方検討会のとりまとめ文書『産科医療における無過失補償制度の枠組みについて』で、「この制度は、喫緊の課題である産科医療についての補償制度の枠組みではあるが、今後、医療事故に係る届出の在り方、原因究明、紛争処理及び補償の在り方についても具体化に向けた検討を進める」とレールが敷かれていることから明らかである。厚労省の医療事故調検討部会が、この産科医療補償制度の見直しと同時にスタートする符合、制度の準備委員会の委員長を務め今も制度見直しのための機構の委員の職にあり続ける元厚労省事務次官、意図は誰にでもわかる。
既にみるように、非常に不明瞭な根拠で産科医療補償制度は運営実績を重ね、実態作りが進んでいる。一片の局長通知で創設され現場を混乱させた出産育児一時金直接支払制度と瓜二つである。
全診療科からの関心とともに、理不尽なこの制度の根本的な再編を強く望む。
2012年4月25日
産科崩壊に拍車 なぜ「保険代理店」へカルテ提出が強いられるのか
守秘義務を超越した命令と流用に唖然 産科医療補償制度の人権蹂躙を問う
神奈川県保険医協会
政策部長 桑島 政臣
産科医療の現場が切迫している。脳性麻痺の救済が目的の産科医療補償制度で、医療行為にのみ特化、矮小化した「原因分析報告書」が関係者の同意なしに公開され、波紋と動揺が広がっている。
脳性麻痺の発症原因を医療行為にのみ求め、産科医療のガイドラインとの異同を指摘するこの原因分析報告書は、過失責任を評価したものではないというが、訴訟への利用を妨げておらず、専門家の作成ゆえに訴訟を左右し、産科医療への負の影響は明らかである。しかもカルテを流用したこの原因分析は運用上の逸脱があり、そもそも契約約款を盾にしたカルテ提出は守秘義務の観点で非常に問題が大きい。われわれは、この制度の根本的な改編、補償と分析の組織的峻別を強く求める。
産科医療の崩壊を一刻も早く阻止する観点から、民間の損害保険を活用して早急な立ち上げを図る―これが、制度の命題であり、厚労省の社会保障審議会で公式に確認されたことである。
この制度は厚労省から委託を受けた日本医療機能評価機構(「機構」)が運営している。ものものしい名前だが、この機構は一民間団体でしかない。制度は脳性麻痺の経済的救済を第一義とし、紛争の防止・早期解決を図るとしたことから、すべての産科医療機関への加入を求めた。保険料相当の、出産育児一時金の3万円増額の社会的措置がとられ、多くが何ら疑いもしなかった。しかし、事態は違ったのである。
この制度の最大の問題点のひとつはカルテの提出にある。機構は加入する産科医療機関の保険料をとりまとめ、代表して損保5社と共同保険契約を結んでいる。いわば「保険代理店」の位置にある。脳性麻痺の発症の際には損保側に報告し、補償金という名前の保険金が支払われるのだが、何故か補償対象の認定は機構側、保険代理店が行う。そのためカルテの提出が約款で定められている。しかし、医学的・医療的には、脳性麻痺の証明は法的文書である「診断書」で本来、十分なはずである。
しかも、産科医療機関と機構の間での取り決めである「加入規約」では、補償認定の際の機構へのカルテ等の提出と、原因分析のための委員会へのカルテ提出は手続き上、別に分離されているにもかかわらず、カルテの流用利用がまかり通っているのである。
機構は、保険契約の業務とは別にカルテ等をもとに原因分析等を行っているが、この根拠は保険会社と機構との間の保険約款には存在しない。産科医療機関と妊産婦の間で結ぶ補償約款の中にしかない。補償約款の第十条「運営組織」の中で原因分析の業務規程をするという巧妙で危いものである。
更に狡猾なのは、産婦との間の補償約款で産科医療機関が主体的にカルテを機構(約款上は「運営組織」)に提出する旨を規定し、機構との間の加入規約で「補償約款に定める機構への提出資料」としカルテの明示を避け、法への抵触を回避する周到さ、奇策を弄している。ちなみに「運営組織」が機構であることは、補償約款、保険約款のどちらにも記載がないのである。
思い起して欲しい。機構は民間団体である。カルテの守秘義務は存在しない。約款を盾になぜ、カルテの提出が執拗に、この「保険代理店」から強要されなければならないのだろうか。これは現実である。またなぜ、流用に正当性が与えられるのだろうか。不思議である。
ガイドラインを金科玉条にした原因分析報告書は、「一般的でない」「劣っている」と医療水準に言及した表現をとっており、専門家以外の一般の多くにとって有責の判定と連動し確実に訴訟で活用される。本来、ガイドラインは、あくまでも「指針」であり、現場の医療はこれに機械的に拘束はされるものではない。
この制度の見直しが機構の委員会で現在、行われているが、過日、その席上、日本産婦人科医会会長が生後2年目に脳のMRI画像を撮らないと、真の原因分析は不可能と説き、現状は医療状況分析にすぎないとした。また、配布した資料では脳性麻痺は2、3歳以降にMRIを撮るまで容易に原因診断すべきではないとしている。
最善を尽くしてもの残念な結果に、産科医療の現場は思いを馳せ悩んでいる。原因分析報告書の内容に産科医療機関は医学・医療的な反論権も認められず、同意承諾もなしに、この報告書が次々と公開されていっている。この人権無視の対応に、精神的に限界となっている医療関係者が現実にいる。閉院、絶望、一刻を争う。事態は命題の紛争防止による産科医療の崩壊と完全に逆行している。
産科医療機関ばかりではない。報告書の公開の同意は、産婦の側の承諾もとらないこととなっている。ゆえに、複雑な事情を抱えながら出産に至り脳性麻痺が発症し、原因分析報告書が公開され、入手した家族の知るところとなり、家族関係が壊れるという不幸さえも内包している。
誰のための制度なのだろう。補償対象予定人数を下回る際の、余剰の保険金は数百億円と見込まれ、3年後から機構と保険会社の双方で分配となる。ならば補償金3,000万円を引き上げ、有責認定が前提の損害賠償額1億円超に近似とするよう検討すべきである。また、補償金の支払いが機構から産婦への代理支払いとなっており、産科医療機関と産婦との話し合いの機会を奪っている。これを約款の本則どおり、産科医療機関から直接支払う運用に戻すのが、制度趣旨の本来の姿である。
この産科医療補償制度は、全診療科のモデルとなる。このことは発端となった自民党政務調査会・医療紛争処理のあり方検討会のとりまとめ文書『産科医療における無過失補償制度の枠組みについて』で、「この制度は、喫緊の課題である産科医療についての補償制度の枠組みではあるが、今後、医療事故に係る届出の在り方、原因究明、紛争処理及び補償の在り方についても具体化に向けた検討を進める」とレールが敷かれていることから明らかである。厚労省の医療事故調検討部会が、この産科医療補償制度の見直しと同時にスタートする符合、制度の準備委員会の委員長を務め今も制度見直しのための機構の委員の職にあり続ける元厚労省事務次官、意図は誰にでもわかる。
既にみるように、非常に不明瞭な根拠で産科医療補償制度は運営実績を重ね、実態作りが進んでいる。一片の局長通知で創設され現場を混乱させた出産育児一時金直接支払制度と瓜二つである。
全診療科からの関心とともに、理不尽なこの制度の根本的な再編を強く望む。
2012年4月25日